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Take@管理人が、知ったかぶりのテレビ番組批評やとりとめもなく面白くもない日記などを書く、オタク臭さ全開のくどい不定期更新ページ(泣)
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 衝動的に起こったとある殺人事件を、偶然コナン“だけ”が目撃。事件を暴けるのは自分しかいないと、独り事件の証拠を探すのだが、犯人もコナンに見られたことに感付き、独りで何とか事件を隠そうと足掻く。コナンと犯人の一進一退の攻防が始まった…

 一つ一つの要素を見ると、いろいろと面白い試みをやっていると思うが、イマイチ実を結んでいない。
 誰にも知られないコナンと犯人だけの対決、という要素は緊迫感もあるし『コナン』では目新しさもあるので面白そうなのだけど、コナンが子どもだからその他の大人に殺人の話を相手にしてもらえない…などの段階を踏むことなしに、なぜか誰にも何にも言わずコナンが行動しているし、犯人との攻防も、犯人が何となく先回りして鈍感なコナンが後から気付いて悔しがる…みたいな感じで、うまいこと盛り上げていない。
 毛利のおっちゃんとか脇の部分も、おっちゃんが主催者から芝居を任されるというのが全く意味がなく面白くもなかったり、どーでもいい部分の会話が本当にどーでもよかったり、手を抜く部分が手を抜きすぎていることも気になった。


 誰が書いたんだろうなぁ、と思ってエンドロールを見たら、脚本は………まさきひろ

 『シャイニング・ティアーズ・クロス・ウィンド』の脚本家かー!!!
 いやぁ、見てはないけど、ウワサはかねがね…

 いやいや、『デジモン』とか、良い作品の脚本も手がけているじゃないか!
 劇場版だって…って、『暴走!デジモン特急』
 ああ、全然特急の設定を活かさず、ヒロインの話に焦点を絞りきることもなく、一番ビミョーな感じで終わった、あの…

 いやいや、調べてみれば『コナン』の他の回ではそれなりのも書いてたし、それにシナリオがダメでも演出で何とかなる部分もあるんだから、一概に脚本家をクサすわけには…

 作画はクセかな、と思いつつも、崩れてるなぁ~

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 今日が『篤姫』最終回で、初めて『篤姫』を頭から終わりまで見た。
 大河ドラマは欠かさず見るのが我が家の慣例なんだけど、私はあんま大河に興味無くて、家族が見てるのをちょこちょこ見てて、全編通して見た回がなかったんで。

 回想シーンテンコ盛りで、番組開始当初の映像も出てきたけど、それと最終回付近の話を比べると、宮崎あおいも瑛太も演技が上達(?)してるなぁ~
 私が「演技上手い」と思う基準は、叫び声と凄む声がしっかりと聴けるものになっている(=声量と音域の幅が広いので、鍛えているのが分かる)ところにあるので、初々しさ全開の青年期の様子から比べると、壮年期での演技は、他の者を引っ張り責任を果たす説得力があるように聞こえる、低音で凄味を効かせたものになっていて、成長が見えるよう。
 …まぁ、青年期の初々しさこそが力の入った演技(=常に上ずり気味な声になるよう意識し続けなければならない演技)であって、元々から演技力があったということかもしれんが。

 篤姫の姑を演じた高畑淳子は、『金八』見てた縁で注目してたというのもあるけど、常にネチネチと、家定死亡時みたく時に激しくイヤな姑っぷりを演技くささなくナチュラルに発揮していたのが見事だと思う。
 最終回間際では、呂律の危うい耄碌した感じを演技できてていいなぁ~

 明治に入った途端、大久保@原田泰造がいきなり欧米スタイルというかモミアゲが伸びてて、ちょっと笑った。

 篤姫死亡の瞬間の画面アップを見てたら、とても47歳とは思えんキレイなスベスベな肌で、メイクもうちょっとどうにかならんかったんかい。
 宮崎あおいが老けメイクを拒否でもしたのか…?


 その後、テレ朝で『忠臣蔵 音無しの剣』のラストらへんも見る。
 なんか画質が変だなぁ、と考えていたら気づいたけど、今時、テレビでフィルム撮影かい!
 …いや、フィルム撮影の方がありがたいか。
 田村正和の、古畑任三郎演技のままで素浪人やってるのは、なんか変なモノを見せられる気分だ…

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 レンタルDVDにSeason4が全部揃っていなかったので、飛ばして、Season5を借りてきた。
 残りのSeason4はまたの機会に借りたいと思うが、交互に見てたら、薫が結婚していたりしてなかったり、頭の整理が大変だ(笑)



第02話「スウィートホーム」

脚本:古沢良太 監督:森本浩史
 「5-11 バベルの塔」が私の初古沢脚本回であり、その後「6-11 ついている女」「6-12 狙われた女」を見て同様の面白さを感じたので、私の中の『相棒』古沢回は「怒涛の勢いで突っ走って面白さを撒き散らし、大雑把に見える割には整合性と巧いフォローが付いている良回」という評価なのだけど、勢いをなくすとこんなものなのか、エピソードの質にしろ量にしろ何か物足りない…(でも、「4-2 殺人講義」と「5-7 剣聖」は勢いなくても面白かったぞ)
 薫の「…買っちゃったッ!」宣言と、不審な物音の正体を探るために慣れない豪邸を探索して回る薫・美和子夫妻のオドオドぶりが、今回の面白さのすべてだった気もする。ラブリー(笑)

 「オレに任せておけ!」とか言いながら、ガラスを割って侵入してきた犯人に美和子が気付いたのに、サウナで熱唱していて気付かず、「美和子、逃げろ!」と大声で叫んで犯人に美和子の存在をわざわざ気付かせてピンチに陥れてしまう薫ちゃん、マジ役立たず(笑)



第03話「犯人はスズキ」
脚本:岩下悠子 監督:森本浩史
 あまりにストレートすぎるサブタイトル、住民の証言の数々をフラッシュバックさせて強調する編集、右京の「真実は極めて残酷なものかもしれません」という意味深な発言、という予告の諸要素を見た時点でオチが分かるという、推理モノ好きの悲しい性分(汗)
 御陰様で、見ていてあまり楽しくありませんでしたとさ。

 その場にいた全員が犯人って、Season4の同じく3話と被ってるぞ。狙ってるのか?(笑)
 「居もしない人間が実際に居るように…」というネタだったら、一人の犯人が多数にそう思わせるように細工していたり、偶然が偶然と重なってそうなる状況が出来上がってしまうという風に持っていく手もあるけれど、私としてはそういう、「虚無の存在を作り上げたのは虚無の意識であった」という押井守的なネタの方が好みかも。

 伊丹の薫探知能力がまたまた登場し、「お前はエスパーか」と脚本家がセルフツッコミ入れていたのが、何か可笑しかった。



第04話「せんみつ」
脚本:戸田山雅司 監督:和泉聖治
 嘘ばかりつく小悪党が本当の事ばかり言うようになる、というネタを推理モノで使うとしたらこういう手しかない、というオチに辿り着いたストレートな作りになっていた印象がある。
 ただ、「千に三つしか本当のことを言わない」犯人のキャラや嘘のつき方・その論理といった肉付けの部分はなかなかに面白く、今回出てきたどの要素を除外してもこういう構成の話以外にはなりえない(今の話、別に入らなくね?とか、今の話があるならこういう伏線がないと変じゃない?というのがない)、というかっちりした作りになっていたのも良かった。

 戸田山雅人は、劇場版みたいな勢い勝負の脚本よりも、こういうチマチマとした話を書いた方が面白いじゃないか。

 …偶然にも免許書だけ落としてチンピラに身元がバレるってのは、劇場版で犯人を示す証拠をストレートに出しすぎた時みたいなテキトーさを感じる気がせんではないが(汗)

 レギュラーキャラの扱いも面白く、三浦にクロースアップしていくネタの使い方とか、特に、伊丹に「オレに向かって言え!」と何度も向き直されてるのに、そのたびに伊丹を無視して薫の方に向き直って鑑識状況を報告し続ける米沢は、漫才みたいで笑った。



第05話「悪魔への復讐殺人」
脚本:櫻井武晴 監督:和泉聖治
 『相棒』Season1~3をパワーで引っ張って支えていた亡き砂本量が作った話の続編を、今『相棒』をテーマで引っ張って支えている櫻井武晴が書き継ぐ、というのは、『相棒』の時代の移り変わりを感じさせてくれる。
 「いや、Season1~3でも櫻井武晴がテーマで支えてたじゃん」というツッコミはなしね(汗)

 中身はものの見事に櫻井脚本世界観。書き継いだというよりは、精神鑑定をネタにしたかったので、過去の話から使えるネタを拾ってきた、というだけの感じはする。
 「4-4 密やかなる連続殺人」から続く話だが、私は砂本脚本のパワーに惹かれていたので、この続編については別段どうとも思わないなー
 面白いけど、心底ハマってる「密やかなる~」で感じた衝撃性を求めて比較してしまうのが、私の悪いクセ(笑)

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 川原和久(伊丹役)・大谷亮介(三浦役)に親しく絡むこともなく、変なタイミングで相槌っぽく二人の会話にポツポツ割り込み、自分が語るとなると、自己分析はよくできてるんだけど修飾語ばかりでダラダラと長く脈絡なく話し続ける…
 Disk1特典映像のトリオ・ザ・捜一の山中崇史の人間性のどんくささに、とてつもないシンパシーを感じて仕方ない!(笑)


 それはさておき、Season4である。
 私が『相棒』という作品に開眼した記念すべきシリーズだったりする。

 その他のシリーズに比べると相当オーソドックスではあったんだけど、テレ朝×東映の刑事モノにしてはやけにスタイリッシュな、それでいて尖がりすぎてない落ち着きもあるOPタイトルの映像と音楽に惹き付けられて、「ちょっと見ててみよう」と思って以来どっぷりハマってしまったのだから、Season4のOPが私に与えた影響は偉大である。

 群像劇の要素もある刑事ドラマでは多数の登場人物(出演者)を紹介するのがOPの定石なのに、たった二人しか出てこない、それも薄暗く青系の彩に統一されていて目を惹かれる部屋で、明るいスライドを証拠品写真をパッパッパッとテンポよく映し出し、スクリーンの前に一人が紹介がてら立つのだけど、途中でもう一人と交代する時にカメラの低速度撮影による高速早回しになるのがこれまた目を惹き、その後種類の違う様々な静止画がモンタージュされていって、二人がそろった画が最後に出て、タイトルが表示される…
 いやぁ、いいねぇ~

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 珍しいことに、薫が体を鍛えていて、机の上をキレイにしていて、コーヒー豆を切らせている…

 次回予告では、殺人ウイルスに対処するために薫が危険を承知で飛び込んでいって死ぬ、みたいな雰囲気を匂わせてはいるけれども、フツーに考えて、薫が特殊部隊か自衛隊に転任・転職して『相棒』卒業フラグが立った、ってことだよな。予告はミスリードってことで。

 もっとシリーズでの積み重ねを活かした去り方をするのかと思ったら、今回急に辞める理由がわいてきたような形で、そんなポッと出の話に飛びついていいのか?…と、何やら引っかかる気持ちがある。
 とはいえ、劇場版ではあるけれど、「特殊部隊からお声がかかっている」という伏線は張られていたので、そこまで唐突ではない気もする。
 少なくとも、私が第1話で勘違いしていたような、急に現われて死んだ友人の跡を継いでボランティア化よりは(汗)
 
 『はみだし刑事』で私情ながら危険を承知で犯人を追って降格左遷されたり、『はぐれ刑事ファイナル』で故郷の親の面倒を看るために辞めたりして、悲しい理由で作品から去って行った登場人物を見てきていると、特殊部隊に引き抜かれるなんて理由はかなり優遇されている感じで、「亀山薫というキャラクターを大事にする」というプロデューサーとも合致する感じではあるけれど、ちょっとベタベタすぎる理由な気もする。パターンから少しばかり捻ってくる『相棒』では、特に。っていうか『逮捕しちゃうぞ2nd』で見たぞ、それ。
 まぁ、『相棒』のことだからちょっと捻ってあるかもしれないので、本当に薫が死んでしまうかもしれないし(笑)、柱はベタベタでも内容というか肉付けはかなり独特になるかもしれない。


 今回は、鳥インフルエンザの脅威が叫ばれる昨今にタイムリーな、ウイルスパニックを題材にした話だが、私にはあまり馴染みのない題材のせいか、そういう専門的な描写を雰囲気で巧く誤魔化してきた『相棒』をもってしても、何かリアリティがなかったように感じた。
 というか、刑事モノじゃなくて、ほとんど近未来SFのセットだぞ、それ(笑)

 前に劇場版公開記念と称して土曜ワイド劇場で再編集の再放送をやっていた「名コンビ誕生編」のオリジナル部分と今回のクライマックスが繋がるのだけれど、その時に撮られた映像と符合するようには作られていない。
 特命コンビが袴田吉彦を待ち伏せてはいたけど、地下駐車場ではなく廃ビルの外で鉢合わせてるし、間に柵はあるし、袴田を追うのに階段の上下どちらに行くかのコイントスは明らかになかったし、薫が捕まったウイルス保管場所はだだっ広い廃ビルのワンフロアじゃなくて、もちょっと狭い一室になっていたし…

 セリフは全く一緒だけど、撮り直していて、映像的に見るとパラレルワールドの話みたい。
 これで、待ち伏せている間にコンビ結成時の思い出話に花を咲かせていたかどうか、時系列の接続が曖昧になってしまった感じだけど、後編で薫が特命係を去ることを考えると、特命配属になった時分を思い出して話し始める場面が今回の話の隠れ部分として存在してたとしても、不自然ではないのだなぁ~

 しかし、後編で薫卒業、な感じだけど、おそらくやるであろう正月スペシャルは、薫抜きで行くつもりか…?
 そうだとしたら、2時間もの長丁場に準主役不在とは、博打すぎやしませんか?
 ああ、新相棒が出てくる話にすれば、充分もつか。



 『相棒』は家族で見ることにしているのだが、母親が「なぜ警察が、(右京と会話中の)犯人とのケータイの位置を把握できるのか」分からないとのたまわれた。
 いや、右京のケータイに逆探知機が仕込んである、ぐらいのことは考えてくれ。

 でも実際は、有線ではないケータイにそんなもの仕込めるわけはない。
 ケータイが通話電波を発信するときに、街中に張り巡らされたアンテナから、一旦NTT等の交換機に集められた後に、相手のケータイ電波が発せられる地区のアンテナへ送られ、相手のケータイに届くので、交換機に集められる電波の中に犯人のケータイの番号があるかどうか解析をかけて、その番号を受信したアンテナに遡って突き止める、という感じで位置を把握しているんだろう。

 だから、逆探知のように、話の内容は分からないので、犯人が右京に電話してるのは捜査本部では分からず(まぁ、もっと詳しく調べれば分かるんだろうけど)、毎度の通り刑事部長に「首を突っ込むな」と怒鳴られることなく、話が進んでいったわけだ。

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 まぁ、先週の「“楽しかった”と思った瞬間」だけ記憶に留めておけばいいよね。
 こうなることは分かってたのだから(汗)

 灰原さえも含む主人公サイドがさらわれる、というあまりに突然すぎる犯人の強硬手段によって、否応なく緊張感と今後の引き締まった物語展開への期待感が高まる引きにしておいて、そこまでの強硬手段に出た犯人からの要求が「早くお宝の謎を解け」ってのは、いやいや、3人もさらっておいて要求することじゃないだろ!…といろいろすっ転ばされた気分。
 元々コナンたちは謎解きをしていたのでいずれは宝に辿り着くんだから、脅迫して命令するようなことじゃないし、内通者がいるんだから宝に辿り着いた時に「ご苦労だったな」とかいって脅迫して独占すればいいだけなんで、あのタイミングでさらう意味が希薄で、むしろ、脅迫しようがしまいが宝探しをするにはあまり結果が変わらない状況だったんだから、人をさらって脅迫する分だけ犯人側のリスクも高くなっていくんだし、そもそも宝探しなんてある種の博打なんだから相手を脅迫すれば何とかなるもんじゃないし…

 そういう意味を読み取るんじゃなくて、ただ単に「話の緊張感を高めるための理由づけ」として受け取ればいい、ということも考えたけど、あの後の展開は明らかに緊張感欠けてるしなぁ…

 とにかく、冒頭のそのセリフだけ聞かされた時は、「誘拐意味ないやん!」と思わされた。

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 取調室で暴行を受ける容疑者、「右京さんは強いですね……そして、いつも正しい」と沈痛な面持ちで呟く薫…

 …という予告編を見たときから丸分かりな櫻井脚本回(笑)

 警察内の不祥事もみ消しが主軸になった櫻井脚本回って、私が知ってるだけでも今回で3回目で、もういい加減マンネリな気がするけど、いやぁ、個人的には面白い。
 今回は今までと違って倒叙型だったり、味付けがそれぞれ異なってるのも、見飽きないし。



 警察自身で警察の取調べを監視するという監察官制度ひとつをネタに、いろいろと波状に話を広げていくなァ~

 不祥事を隠したくない良心と不祥事を犯した仲間の刑事への同情との板挟みで苦んで自殺した監察官の無念に酬いて、そもそもの根源である不祥事を犯した刑事が良心に従う決意をしたら、異動で監察官に任命されて、自分も苦しみを抱えて死ぬかもしれない立場に追いやられてしまうラストは、「ミイラ取りがミイラになる」的なホラー映画的なエッセンスが入っていて、話のオチのまとまりがいい感じ。

 そこから、警察官同士の仲間意識を、自分も持っていると語る薫と、「諸刃の剣」であると評する右京のラストカットで、『相棒』という作品自体のテーマにも問いかけを行なうと同時に、今シーズンで薫が卒業することに対して、薫と右京の別れが近いことを印象付けるところまで持って行くストーリーテリングは、なかなか見応えがあった。
 雰囲気的に、これは櫻井武晴なりの最終回という意気込みだったのかも。


 そんな主役二人の姿も印象的だが、それよりも捜一の伊丹と三浦の方がキャラ的に光ってたなぁ~

 結論ありきの単なる張り子捜査に嫌気を差してる伊丹が、張り子は張り子なりに妥協して割り切って同僚に知らせずに上司にホイホイ報告した三浦にも嫌気が差して、厳しく突き放すが、割り切れずに捜査を続けて真相に辿り着くも、追い詰めたせいで渦中のホシに自殺されて激しく落ち込んでいると、三浦に「お前は間違ってない」と言ってもらえ、しかしそれでも伊丹の気持ちは晴れない…
 特命コンビが、困難に遭遇しても割とそのまま突き進んでしまうのと比べ、屈折した感情とすっきりとしない悩みと葛藤を抱えて人間臭いドラマチックな要素を含んでいているので、その点ではより惹かれて見れてしまう。

 二人組として括れるコンビが多く出てくる番組だけど、今話においては特命コンビに匹敵する主役相棒といってもいいんじゃないだろうか。

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 オリジナルの、それもJR西日本企画ツアー用シナリオをアニメ化したときの話は、大概面白味のない仕上がりになっていることが多いんだけど、今回は期待してもいいんじゃないの!?
 …という期待感を持っていると、必ず裏切られるのが相場なんだけど(汗)

 ツアー用シナリオだから観光地の説明が逐一詳しいのはまぁ仕様として、小五郎が何でも屋のように頼りにされていたり、毛利一家と園子と少年探偵団という奇妙なパーティが結成されていたりする、オリジナルらしい原作非尊重の設定はありつつも、シナリオエピソードの密度がスカスカで間延びすることの多いアニメ『コナン』にしては、移動場面等を省略して矢継ぎ早に話が進んでいく勢いがあって、これが面白い。

 犯人が姿を隠そうともせず、強引に園子と光彦を拉致してしまって、機転を利かせて妨害に入った灰原までも敵の術中に堕ちてしまい、全員車で連れ去られたのを追うコナンが負傷してしまう、という、テレビシリーズではまず見られなかった危機的な大事件もラストで発生して、緊張感を高めてくれる。

 この勢いと緊張感が次回まで続けば、期待が現実になる気がするぞ~

 でも、今回程度の強硬手段の犯人たちに対して、「まさかここまでやる奴らだったとは…」と言ってるコナンは、今黒づくめの組織が現れたら確実にアウトだと思うぞ(笑)

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 Yahoo!動画で「タイ発の怪獣映画!」と宣伝されていたけど、サイズ的にはモンスター映画と言いたいなぁー
 しかし、モンスター映画の定番は、だんだんと画面に映る登場人物の数が少なくなっていて、舞台もどんどん小さく狭く寂しい場所になっていく、というのが相場なんだけど、この映画は後半になると軍隊と街中を巻き込んだスケールにグレードアップするんで、その点では怪獣映画っぽいのかも。

 ハリウッド映画ならまだしも、海外の映画というのはお国柄の違いで面白さのツボが違うことがよくあるので、そのお国柄を念頭において見れば本当は(その国の人にとっては)面白いのかもしれないのだけど、そういうのが分からないので、日本の感覚そのまんまで感想を言わせてもらうしかない。
 そういう意味では、あまり面白くない映画なんだよなぁー

 ただ、海外の怪獣映画というと、『怪獣大決戦ヤンガリー』という大失敗前例があるので、それと比べると随分面白く見えるぞ(笑)

 “独自の理論”で探し当てた“古代生物”の調査に執念を燃やす“博士”が、その“異端さから迫害”されるのだが、その理論を“裏付ける証拠”が出てきて名誉挽回とばかりに調査に向かったところ、その生物は博士の“想像を凌駕”する危険生命体だった、という怪獣映画(モンスタームービー)の定石を、捻りはないものの、素直に打ち出している実直さは、特にそう感じさせる。
 最近ここまで丁寧にベタベタな始まり方する怪獣映画があまりなくてねぇ~

 その“迫害”の要素に、人種問題を絡めているのが、この映画にオリジナリティやナショナリティを感じさせてくれる面白いところかな。
 ただ、この人種問題、途中であまり重みがなく尺もあまりない和解シーンで面白味なく解消された感じがあって、物語内で有効に活かされたという感じではなく…


 まぁ、基本的に前半で提示されたドラマチック要素が後半の展開に結び付くことがない映画ですが(汗)


 大体、誰が言ってることが正論なのか、全然分からずに物語が展開していくのが不親切なんだよなー(これもお国柄の違いのせいかもしれないけど)
 大発見を調査して世に知らしめたい博士たちが主人公っぽい扱いで始まったのに、その博士たちを騙したり高圧的に敵視したりして、博士目線ではあまり印象の良くない軍の特殊部隊隊員たちが、どういう目的で行動しているのか一切分からない(分からないから博士目線では不気味な存在になって、話に緊張感が出ているんだけど)のに、何が契機になったのかよく分からないタイミングで隊員たちに同情的な撮り方になっていて、強敵に立ち向かう燃えるストーリーを紡いでいく流れになるし、その一方で博士は、周りを危険に巻き込むのも省みず頑固にヒステリックに調査を強行しようとする思慮の浅いキャラになってしまって、同情要素が皆無になっていくし、観客への説明をいろいろ失敗している。

 そもそも、巻き込まれ型(主人公に積極的に事件に関わろうとする気がなかったり、誰かに狙われるような非がないのに、当事者になってしまうというパターン)の定石を踏もうとしているけれど、博士が機密だらけの現場に連れてこられて捕まってしまうことの意味が用意されてないところからして、そういうところに気を配っていないのが明らかかもしれない。
 博士の叔父さんが調査員として働いてるなら、博士本人は呼ばれる必要がないし、博士にしか解明法が分からない調査を任されたわけでもなく、捕まってしまう理由が「調査したい」なのでは、一体博士は何のために呼ばれてきたのか物語上の意味付けが全然できていないぞ!



 タイ映画は全体的にこんな感じなのか、それともこの監督やプロデューサーがこういうの好きなだけなのか、そういう企画意図なのか、定かではないけれど、やったら『マトリックス』的なオサレ演出が炸裂する。
 頻発するスロモ、特定シーンの早回し、セットの中を大回転するカメラ、常識的なカメラ軌道を無視したマシンガン撮影、見得を切ってカッコつけたがる俳優たち…

 そのすべてが、物語の意味を画ヅラで説明するという“演出”という技法本来の機能を、全然果たしてない、という勘違いっぷりが、別の意味で素晴らしい(笑)

 トンネル掘りの場面で、その登場直後にフェードアウトするモブキャラなのに、そいつがセリフを喋るたびにカットを細かく割ったりカメラが近付いていたり、何か今後重要な役どころでもあるかのように注目している感じになっている無駄カットになっているところ…
 最後の力を振り絞った決死の攻撃を怪獣に打ち破られ、床に這いつくばる隊員の目の前に怪獣が立ち塞がる、という絶望的なシーンなのに、その隊員の背後にはしっかりと長々と広がる廊下が映っていて、その絶望からいかにも逃げられそうな隙のあるレイアウトになっているところ…
 怪獣にとどめを刺す場面で、次のカットで画面の真ん中に映る怪獣の頭に銃弾が命中するのに、その直前のカットでは、画面の右半分に映る銃から画面右端に向かって弾丸が発射されるので、明後日の方向に撃った弾が超軌道を描いて当たったようにしか見えないところ…

 そういう何気ないシーンの演出からして、素人の私でも分かるぐらいミスを犯してるからなぁ…

 CGのマスク切りが甘くて、怪獣ガルーダが画面から浮きっぱなしだったのは、技術的にはしょーがないか。


 でも本編見続けている間中、始終思っていたのは「惜しいなァ」ということだったので、魅力はある映画ではあるんだよなァ~

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 タイムマシンを使って過去の自分を“弟”として連れてくる話。
 ママが自分の実子がいつの間にか増えたと本気で思いこむという、そんなのありえねー素っ頓狂な展開がかなり印象的だが、その下地作りはかなり技巧的な作劇によって成り立っている。

ママ「誰なの、その子?」ドラ「ええっ!! 自分の子どもの顔を忘れちゃったのー!?」
3歳のび太「(年上の小学生のび太に対して)お兄たん、おんぶしてぇ~」
ママ「パパ、ウチは3人家族よね!?」パパ「何言ってんだ、ウチは4人家族だろ?(パパ、ママ、のび太、そしてドラえもん)」

 誰もママを騙そうとしているどころかウソを言ってるつもりすらないのに、ママが壮絶な勘違いを起こす準備が着々と出来上がっているのが、ドタバタモノの話作りとして、すごく真っ当に作られている。
 こういう両義的な意味を持たせるセリフ選びは、素晴らしいなァ~
 それに、ドラえもんの存在に対しては割とドライなママと、ドラえもんも家族にカウントしてあげる優っぷりのあるパパという性格の違いを端的かつ効果的に表わしている。
 やはり偉大なり藤子・F・不二雄!

 しかし、嫌がる3歳時のび太を連れ出す時の口説き文句が「お菓子あげるから」なのは、壮絶に犯罪の臭いがしてきて、不道徳なものは見せないのが原則のアニメ版にしては、ヤバイものをそのままアニメ化してるなぁ…
 Bパートの、悪事を働きまくるのび太の話をほぼそのままアニメ化してるのも含めて、大丈夫か?(笑)

 ただ、お金を盗んだのが道具を使う前だったので、道具の効果がなくなって怒られてしまう、という改変は、未見の人には緊張感を、原作既読の視聴者には、最終的に悪事を容認していたイマイチな原作ラストに比べて納得のエンディングを与える形になっていて、上手い改変だったなァ~

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 いきなり大事件発生!…という実に『相棒』らしい慌ただしい始まり方(アバン)に、今シーズンの落ち着いたバージョンのOPはあまり合わないんじゃないだろうか
 やっぱりいつものパンチの効いたOPでこそ、うまいこと流れを受け止められる導入なんだよなァ~


 棋士の世界での殺人、というあまり探偵モノでは取り扱わない分野で、マニアックな専門知識をひけらかしながら話が進んでいく(ような感じがある)ので、誰の脚本なのかすぐに分かる。
 『相棒』草創期の今風に小ジャレた脚本と演出で売り出していた時期に、「1-3 秘密の元アイドル妻」で落語という言っちゃ悪いが古臭い感じのする題材を持ってきて、「1-7 殺しのカクテル」でカクテルについての蘊蓄と執着愛を格式高く情感たっぷりに描いて見せ、「2-3 殺人晩餐会」でフランス料理自体を中心に話をまとめてしまう繊細な力業を見せつけた、櫻井武晴
 Season7第7話にして満を持しての登場だ!
 警察や企業の不祥事隠蔽をテーマにして問題提起的に仕上げた「3-12 警官殺し」や「4-6 殺人ヒーター」、裁判官制度にまつわる問題を批判的に描いた「6-1 複眼の法廷」など、社会派なテーマのドラマを本格仕立てに作り上げることで定評のある櫻井武晴だけど、そういう硬派モノ以外の路線もあるのよね。

 マニアックな方の(笑)櫻井脚本の場合、社会派のときみたいな緊張感を出せないせいか、全体的に緩い空気が感じられることが多いんだけど(それもまた味になっているが)、今回は謎が謎呼ぶ展開になっていていろいろとこちらの予想を引っかき回してくれる引き締まった構成になっていた。

 しかし、その果てに訪れるラストについて、今回の被害者が自殺である明確な証拠って、何か出てきたっけ?
 状況証拠によるフォローも何か明白さが薄く、全部右京の推測の上に推測を重ねて成り立っていたような感じだったんだけど…
 やっぱり緩い作り?(笑)

 薫が将棋用具の詳細について右京に尋ねて右京が飄々と答えた後、薫が不審な封筒についても「何ですかね?(こんなところに封のあいた封筒があるなんて)」と訊いたら、同じ調子で飄々と「それは便箋です。文章や手紙を書くときに使います」「ってそれは分かってますから」というやりとりになる辺りが、何か可笑しい。
 アンジャッシュのコントで見たことがあるぞ(笑)
 キャラの生みの親である輿水泰弘以上に『相棒』に登板している櫻井武晴だけあって、特命コンビの性格の使い方を心得ているな~


 そんな櫻井脚本の一方で、今回のメガホンは長谷部安春。
 前と同じく、「自動車に乗って大通りから歩道に幅寄せして停車してドアを開けて閉めてしばらく歩いて目的の建物に入る」みたいな省略可能な移動シーンを逐一撮って残している辺り、これが『相棒』内でのこの人の特徴だなぁ(汗)

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 ジャンプのサイトで『ドラゴンボール(DB)』の新作アニメが公開中。(2009年1月末まで)
 『DB』世代としては懐かしい限り…

 …と、言いたいところだが、世代的には直撃なんだけど、マンガもアニメも飛び飛びにしか見ていなくて、あまりどっぷりブームに浸かった記憶が全然ないので、特にこれといった感慨がなかったり…(汗)
 よく覚えているのは、正月に特番として再放送されてた劇場版ばかりだったりする(汗)

 随分軽い作りになったなぁ、物語的にも、作画的にも。
 あんまりかっちり描いてない、リニュ『ドラ』のような粗めに描いて塗った背景が印象的。
 Web公開ということでダウンロード負荷が少ないような仕様にわざわざしたのか、デジタル化の今風の作りで『DB』を再現するという目論見なのか、スタッフの世代交代のせいなのか。

 とはいえ、息抜き回の話の延長と見れば、まずまずの出来でなかろうか。
 劇場版偏食型の私からしたら、中規模な戦闘をしているくせに緊張感皆無な軽すぎる作りなのは気になったが、フリーザクラスの戦闘をピクニック気分で観戦、という大らかさが見える辺りが、とっても鳥山明的にも見えて、微笑ましかった。

 でも、パーティ参加にイヤイヤだったのが飯に釣られて行くことにした悟空の一言が「しょーがねぇーなー!」という、真意を隠したものだったのは、何か違う気がした。
 悟空の性格から言って「だったら行く行く!」と素直に言いそうなのだが…

 あと、ベジータの弟の存在意義があまりなかったのは気になったし、嫁は完全に不要だろ。
 ま、そこらへんをとやかく言う作風でもないし、いいか。

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場面写 今回は伏線の回収っぷりと交差させっぷりが目を惹いた感じ。

 ガンダム乗りの刹那に、その正体を知らずに親しさを求めて接近したルイスは、今や発作を薬で抑えながらガンダムへの復讐のためにアロウズで軍人やっていて、そのアロウズには刹那の正体を知るビリーがガンダム憎しの気持ちで入っていて、ルイスが発作を起こしたことで、刹那とビリーが心配して駆け寄って、一気に全員の正体バレ、というのが、今までの設定をキレイに使ってシチュエーションを作り上げていた感じ。


 演出的には…

 ショックを受けるティエリア、という意味を、ティエリアを斜め上から撮っていたカメラの角度を下方にずらして水溜りに映った天地逆向きのティエリアを映すことで端的に表していたり…
 ロックオンの幻と面と向かった会話、というファンタジーすぎる状況を、ロックオンをティエリアの背後のガラスに反射させたように映して、ガラスを背にして正面向いたティエリアが言葉を口にすることで、向かい合っているように見せつつも幻であることを強調してリアリティを維持していたり…

 尖らせすぎない程度に技巧的なところを見せる演出が、ところどころ目に付いて面白かったかも。

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 前回の実験的な話より、こういうストレートなドタバタの方が好きだなぁ~

 シャイだが実直な性格なので、一人で勘違いして延々と事態をややこしくして話を転がしていく大鉄…
 良いキャラだ。

 露骨なエロネタが、しかも長々と描写されるのはどうなのだ?
 あそこまで長くしつこくなければ、アンジャッシュのネタのようにカラッとした感じになって、オレに良しなのに(笑)


場面カット 先週のは、延々とふすまの映像しか出てこない冒頭を見て、何か演出的にくくりを設けてやっていると思って、ナギを直接には映さないようにするのがそれかとも思ったり、事件の発端が描かれないのではとか、いろいろ想像してたけど、顔は出てこないとはいえ途中でふすまの中のナギの脚が画面に出てくるし、発端はあっさりと語られるし、くくり的なものが最後には全部頓挫しているような…
 秋葉のオタクゆえの救世主っぷりと、オタクゆえのズレっぷりが、オチとして面白いな。

 ま、お話自体は、「だから?」という感じだったなぁ…
 作画なり演出なりワンシチュエーションに限定した作劇なり、お話以外の部分が見ものなのではあるが。

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 『キャッツ&ドッグス』の影響が全開ですなー、とか思いつつ、着地点はいつものところ。

 動物と人間の関係を軸にして感動的な話を作る時に、動物の気持ちを言葉にして表すやり方がよく使われるのだけど、個人的に常々「言葉が通じない異生物が本当に考えているなんて分からないのに、あたかも人間と同じように物事に反応して考えているものだと決め付けて描かれて言葉として表されるのに、少し違和感がある」と思っていて…
 今回は、犬に寄生した生物の考えていること、ということで、普通の犬とは違うという前提で進んでいったので、そういう違和感はなかったのが工夫かもしれない。

 ちょっと泣かせ演出はくどいような気がした。シナリオ的にも画面演出的にも。
 ジェシーおいたん、ちょっと力みすぎだ(笑)@堀内賢雄
 勿論、そうした実力派を連れてきたことで、感動が強調された面もあるし、今回は何より、麦人の、全体的に芝居染みているがゆえに自然体のじいさん喋り(江戸っ子喋り?)がかなり効果的だったなァ~
 
 「くだばれと言い合い続けることが情」という逆説こそが正論(もしくはベターな選択)であり感動のポイントである、というのは、『銀魂』が幾度となく使ってきた手なのだが、ああ、そういう多少捻った程度のベタベタさ加減がが大好きなのよ、私(汗)
 捻っているようで、「最期まで張り合っているぐらい気をしっかり持って生きられた」というのが「最期まで元気に幸せに暮らせた」という普遍的な価値観と結び付く構造になっていて、オーソドックスな感動になっているのも、巧い具合に計算できている。

 ネコ派でもある私としては、もうちょっとネコの方にも肩入れして欲しかったが、まぁ、話のバランスか。
 銀時と新八の出番が若干少なく、出てきてもあっさりしているものの、出てくるタイミングが印象に残りやすい場面ばかりに設定されていたバランスは、ちょっと好きだな。
 最後に遠くから犬を狙う狙撃ネコを、本筋とは関係のないところで轢いてしまって、敵の存在を意図せず片付けて終いなところとか(笑)


 先週のミニコーナーで、前のED作画についてのフォローがあったけど…
 スタッフ側もそう思ってましたかー!!!(笑)

 ご存知の通り、びわこ放送の『銀魂』は、テレ東やテレ阪での放映からは1ヶ月近く遅れて放送されてるのだけれど、そういうズレがあると↓のような事態が起こる…

去年のこの時期は日本シリーズで一回放送が飛びました。そして今年は…

飛 び ま せ ん !











GintamaHosoku3.jpg←「次の回休み」の告知

 

新手のギャグか!?(笑)

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