1期の25話から思ってるんだけど、神根島と東京の距離ってどういう設定になってんだ?
島から見た水平線上には全然島影がないので、本土からはかなり距離のある離島(占領国軍の基地があることと照らし合わせると、硫黄島のことを指している?)だと判断できるけど(ていうか、前回地図が出てきた気がするが)、そうそう長距離を飛べそうにないナイトメアの飛行能力でも、それもかなりの短時間で到着できていたので、遠いんだか近いんだか…
いい加減な距離感でも構わない場合もあるんだけど、あまりにも物語の時間的進行に深く関わってくる事項なので、かなり気になる。
ついでに言わせてもらえれば、東京決戦から今回のラストまでわずか1日(24時間前後)の事件。
その間に、フレイア弾頭による東京消滅があり、ブリタニア帝国と黒の騎士団の和解協議があり、ゼロに対する叛乱があり、神楽耶たちが九州から東京に向かう移動時間あり、なんでこのタイミングなんだか皇帝の計画始動あり、スザクを通してのシュナイゼルのクーデター行動あり、神根島でのルルーシュ・スザクの各々の戦闘行動あし、帝国と騎士団のトップ会談あり…
歴史的にも重大そうだし、個々キャラのストーリーとしても重大な出来事が、なんでこんな急ぎ足で起こりすぎなんだ!?
そこらへんの違和感などはまだいい方で、C.C.の記憶喪失にいたっては、まさかここまで露骨なご都合主義に終わるとは、と落胆するぞんざいさ。
わざわざ主要キャラを記憶喪失にしたのは、記憶がないからこそのイベントを発生させたり、記憶が戻る瞬間を盛り上げに使ったりする手続きだといろいろ予想していたのだけど、特にイベントがないままに、ものすごく些細なキッカケであっさりと元に戻ったりしたので。
ただ単に、皇帝が閉じ込められた時に、脱出してくる可能性があるとルルーシュに教えないためだったり、死んだ人間とも喋れるらしいC.C.の口から死んだナナリーの言葉を、あまり好ましくないタイミングで出させないためだったり、シナリオの都合に合わせたったのが明白。
目的はそうでも、ルルーシュに気合を入れたり誤解を招く発言で場をかき回したりする程度ではない、もうちょっと身のあるイベントを差し挟んで誤魔化してくれれば良かったのに…
「東京は死にました」という印象深い重いセリフも、地表がただ単にすっきり丸く削られたキレイな被害状況を見せられると、全然重みも印象深さもなくなってしまう。
作画は悪い。それに引きずられる形で絵コンテも、作画労力があまりかからないように作り変えられていて、悪くなってしまっている。
たとえば、スザクが皇帝暗殺という強硬手段をとることの論理を語るとき、今までの彼の考え方から大きく変わってしまったということを示すために、スザクの顔とかを大映しにするべきところで、なぜかそれを聞いている
ジノの目元のどアップスクロールになってしまい、ジノがスザクの言葉をどう受け止めるかが重要であるとでも言いたげなカットに変貌していたところとか、作画が楽できる方法で絵コンテを切っている(切り直している)のがよく分かる。
どーでもいいけど、スザクが生身でナイト・オブ・ワンと戦って劣勢に立たされたとき、「ボクにかかった『生きろ』のギアスが逃げろと言っている。それほどに強い相手なのか!?」という解説が丁寧な感じで入っていたのが、少年マンガっぽい強さの表し方だなぁ、とふと思った。
新アニメ化決定おめでとー
しかし、個人的にはハガレン熱は冷めているのであった(えー
『シャンバラを征く者』ラストで完全に錬金術世界から決別した後から、どうやって続けるというのだ?
某所のウワサでは、一からやり直すという話もあると聞いているが。
コミックの方は、大して話が進んでないなぁ…
3年前、グラトニーの腹から脱出する話の中で、この物語のテーマとも結び付いた主人公独自の錬成術発生法を、「まるで神への祈り(のポーズ)じゃないか」と総括した時に、終わりが近いと思ったのも、遥か遠い昔のことになってしまった…
「次の進展でついに最終決戦が勃発ッ!!」…という雰囲気にはなってきて、ようやく終わりが見えてきた感じではあるけれど。
人気作ゆえの引き延ばし政策のせいで、この作品のキモであろう、敵ボスの“お父様”とエド・アル父との関係にまつわる話を、主人公たちが行動しない息抜き回という変なタイミングで明かしてしまったりして、構成もマズくなってきていており、かなりの回り道が悪影響を及ぼしてる感が…
ただ、その引き延ばしでできた余裕の御蔭か、今巻での、何だか隠れて生活するのに慣れてきた頃という感じのエド一行の様子から始まり、やたらとケレンがかった濃い作画の機械鎧パンチで壁をぶち抜き、ドアを勢い良く開けた途端に敵に二丁拳銃をぶっ放し、通りすがりのキャラ濃いモブの車を奪って逃走し……という、ノリノリでB級映画してるところは、なんか好き(笑)
次回予告で今回は4月で入学式の話だと言っていたのを、ちかの入学式の話だと思い込んでいたので、今回冒頭でゆのがさえのことを「どちらさまでしたっけ?」と言ったことに一瞬戸惑った。
そうだよなぁ、ある1年度から年がズレることがない作品だもんなぁ…、次の年の話に移るとかはないかぁ~
久々に4コマらしいギャグ多めの話で、個人的に満足満足。
最近多くなってきたエロは今回は少なめになっていたが、それもまたオレに良し(笑)
2話前に話題になっていた詳細不明のお菓子のCMが今回劇中に出てきたが、ブラウン管の中から部屋の中を見たようなひねくれたレイアウトのせいで、未だ詳細不明。
…っていうか、彼女たちは4月の話題をほとんど1年後の3月まで覚えとったということかいな。しかも割と鮮明に。
何という記憶力の良さ………と言いたいが、この後の話でまたネタにするのかもしれない。
そのお菓子のことといい、ヒロが何やら隠し事をしている203号室といい、時系列をいじってるせいで、謎化している。
別段最終回に向けて大きな感動やサプライズを予感させるような大層な伏線ではないが、興味はそそられる。
ドラマチックにはできないまったり日常萌えアニメで、視聴者を惹き付けるフックを作るには、こういう手が有効なのかもしれないなぁ~
逆に、何も知らない新入生の宮子が吉野屋先生の話題を出したとき、もし時系列順でやっていたら先生がどんな人物なのかが伏線化していたところを、視聴者は先んじて散々吉野屋先生の問題行動を見ているせいで、上級生であるさえやヒロのリアクションに共感して、一緒にニヤニヤしてしまうという効果があって、そこら辺の楽しみ方の変形型は面白いなぁ~
大家さんの禁煙決意(と早い挫折)は、どの季節の話を切り出しても同じ、ってのも面白いか(笑)
ネームの長さに演出が引っ張られてる感じ。ダラダラ話すところになると、途端に画的にもダラダラしてしまって、面白くなくなってる。
ただ、良い所は良い。
30秒もない神楽のアクションパートに、アクション映画っぽいアイデアが凝らされてたり、画的にも工夫があった。
神楽と九兵衛の壁登りのところも、図星を突かれて一旦動きを止め、その後不自然に動きを早めて上っていく、というのも、ベタながら面白い。
亀梨と長谷川の特攻が無意味に虚しく終わった後に新八の激しいツッコミが入るまでの間をビミョーに長く取ってあって、乾いた笑いを誘っているタイミング取りも巧いなぁ~
バカバカしすぎる乙姫とお妙の女の対決は、もっとギャグテイストの生える演出を施すべきだと思うが、荒々しいBGMのせいでかなりマジメな戦闘シーンっぽく演出されていたのは、場違いな感じがする。
…なのだが「マジメ全開でバカをやっていることがギャグ」という感じの演出なのかも。
しかし、よく考えてみれば、ここ最近のアニメの中で、一番ストレートにジュブナイルSFを展開する作品になっている気がする。
シリアスもかますギャグマンガゆえの底の浅さが、濃すぎるネタになったり捻りすぎたパロディになるのを防いで、結果的に功を奏しているのか
というか、ジュブナイルSFの分野って、今の世の中ではギャグマンガでしか生き残れないのか…
うーん、このタイミング…
延々と築いてきたものルルーシュがすべてを失うには、あまりにもあっさりすぎないか…?
失われるときはあっさりと、なのが世の常ではあるが、ドラマチックじゃないのはどうしたものか。
スザクという道徳的な柱を対抗として用意していたことから考えて、人を利用するだけ利用して殺すような褒められたモンじゃない行為の積み重ねでのし上がってきたルルーシュには、どういう形になるせよ、こういう道を辿ることは決まっていたようなものなのに、その“待たれていた”決定的瞬間が演出的にもお話的にも淡白に通り過ぎていくんじゃあねぇ…
まぁ、ナナリーが失われたという重大事態にして動機の根底の喪失を前にしては、黒の騎士団の離反はルルーシュにとって大したことではないので、重く描く必要がないのかもしれんが。
このあっさり風が現代風味? あるいは、雰囲気的に重くなると見ていて鬱になるから、ということへのストレス軽減策?
ロロが起こしたサプライズと、キレイな最期は、この番組の実直な仕事ぶりが出てた気もする。
皇帝が世界を塗り替えるとかどうとか言ってたが、『エヴァ』っぽくなってきたなぁ…
…ていうか、世界中にシステムはあるみたいなのに、なんでわざわざ日本でやるんだろう?
説明はこれからあるんだろうか?
神大漫研卒業者と久々に会う。
飲もうという話になって、思いつきで決めた店にぶらりと立ち寄ったのだけど、これがすごい。
コンクリのテナントビルの中に、京都の床を再現したような感じの木造建築が再現されている。しかも高天井のスペースに中二階構造で。
チェーン店の飲み屋のクセに、なんだこの力の入りようは。
おかげで木造の方の天井が低めなんだけど、またそれも古風な日本建築っぽさが出てたりして、各個室の入り口も半透ガラス戸だったり、装飾ガラス戸だったり、障子だったりと、引き戸の種類も全部違ってたりして、変なところも凝っている。
ただ、部屋の真ん中にある柱とかトイレとかが、もろ中華風だったり、『座頭市』のポスターが貼りまくられてたり、ウエスタンっぽいショットバー風の一角があったり、コンセプトが不統一な部分も…
いや、それよりも、中二階構造なせいで、変にいろいろなところに低めの階段が用意されていて、横丁のようにあちこち移動できるんだけど、おかげで構造が掴みにくくて迷路みたいな感じに…
なんで飲み屋で迷わなあかんのだ!?
でもなかなかに面白い作り。
ただ、開店間もないのか、店員の対応が遅かった…
あっ、しまった…
同じ本2巻買っちゃった!
重度のオタクカスタマーにはよくあることだと言われている現象だが、まさか自分の身に降りかかってくるとは!!
…しかしそれは、いろんな種類の本を大量に買い過ぎてて、そりゃあ何買ったのかなんて分からなくなっても不思議じゃないわなー、という状況下で起こることであって、ほとんど決まりきった少しの作品しか買わない私は、つまり……(汗)
まぁ、いずれにせよ、古本屋の105円コーナーで買ったから、被害額(笑)は少なくて済んだが。
それに山岸コナンだったら2冊持っててもいいよね!
『週刊少年サンデー』に連載されてる本編とは別に、アシスタント連中の執筆で『小学1年生』~『小学6年生』に連載されてる『名探偵コナン特別編』。
オフィシャルで認められた同人、という感じか?(笑)
(いや、雑誌編集者や原作者との折り合いもあるだろうし、別に自分の趣味で好き勝手に書いてるわけじゃないから、同人誌と同一視はマズイだろうが…)
他の『特別編』は、『コナン』、あるいは推理モノ初心者の子どもが読んでも理解に困らないように、登場人物のセリフや性格が、ステレオタイプ的…と例える以上にかなり単純化されている(深いところの事情は一切語られない潔さ!)のだが、山岸コナンは一味違う。
いや、違うどころか、下手をすると本編さえも上回るかも…!!
「闇に蠢く影」は、特別編では珍しい3部構成。そして前編は、レギュラーキャラがまるで登場せずに話が始まって進んでいき、主人公のコナンがラストの1コマしか登場しないという意欲的な構成!
おまけに、真夜中に停電した山奥の山荘が舞台なので、全編にわたって黒ベタと濃い目のトーンが塗りたくられていて、影の使い方が意欲的な画面構成であるし。
「名探偵がいっぱい」は、3人寄れば姦しいオバちゃん連中が事件に興味本位で割り込んできて引っ掻き回すという、いろいろな描写が淡白な『コナン』にしては異質な“キャラもの”の話。
子どもの姿だからだとか時にケガをしていたりだとか、コナンが事件を捜査したり推理を伝えたりすることに難儀する話は少なからずあるけど、そんなことには及ばないバカバカしい理由でもって妨害されるという話を個人的に一度は見てみたかったので、この話はそんなオレに良し!
他の話に比べて「ウヒョ!おもしれー!!」というレベルではないのだけど、目の付け所がいいなァ~、と思う一編。
「顔のない殺し屋」は、コナンがマフィアの暗殺者と対決するという、トンデモコンセプトだが、それをトンデモと感じさせないテンポの良さに、コナンと暗殺者双方が知略を尽くしてせめぎ合う様子が場面に迫力を与え、それでコナンに勝利を与えるファンタジー的なオチは、“暗殺者は普通子どもなんか狙わないので勝手が違う”、“今回ばかりは事情が違ったのでなりふり構ってられなかった”という理由があることを補完できるようになっていて、リアル寄りの話にしてしまう手腕が素晴らしい。
「死のトラップ」は、話の始めから犯人が捕まっていて、死が迫っている被害者がどこに隠されたのか捜査する話。
前後編でもないのに、構成のうまさといい、各シーンに込められた意味の濃密さといい、一つの映画を見ているかのような充実感がある。
推理モノというよりも、タイムサスペンスが含まれた社会派人間ドラマという感じ。大人しく寡黙な犯人が漏らす言葉の一つ一つの重さ、手がかりがほとんど掴めずに進んでいく絶望的な展開、などなど。
捜査に身分不相応に助言しすぎて刑事に「これはガキの遊びじゃないんだよ!」と至極もっともな怒られ方をしても、「勘違いなんかしてないよ。僕は浅野を殺人犯にしたくないだけだ」というコナンの青臭いセリフが、これほど救いのある言葉になるのも珍しい。
コーヒーカップの波紋を犯人が回想していることを示唆する記号に見立てたり、カメラや編集を意識した描き方もやはり意欲的。
主人公ゆのの視点から離れ、さえとヒロの日常を中心に描く特別バージョンっぽい2編。
さえ編は7月の話で、明暗がはっきりとした原色で描かれた背景が印象的。
ヒロ編は11月の話で、逆に色の彩度が低く明度の幅が小さい背景。
1話の中で、季節に合わせてコントラストの色彩設計を変えているのが、ちょっとした工夫だなぁ、と。
『ひだまり』はあまり露骨なエロというのは控えている方針のように思えたのだが(セクシャルシンボル吉野屋先生も、ギャグ扱いだしなぁ;笑)、今回のヒロ編のエロさは何なんだ!?(笑)
レイプ目の寝起きヒロ、吉野家先生の裸エプロン、ゆのの初体験疑惑、モブっぽい扱いなのにアイキャッチで露出度の高い衣装を着せてもらってる家庭科教師、他のキャラの入浴シーンに比べ圧倒的に湯船に浸かるまでの手順が長くて裸の露出が多いヒロの入浴シーン…
シュークリームを見てのさえの「いずれ膨らむと思ってたのに」発言とか、「オンナになったの!?」なんて話題も出てきてるところも、下品な感じがして、ちょっとヤだなぁー
GAINAXグロス効果なのか?
…まぁ、わざわざキャプってる私が何を言うか、だが(汗)
冒頭での「無人島編(ギャグ)」→「竜宮城編(シリアス)」へのシフトチェンジが、巧くいったような感じじゃないなぁ…
亀梨の言い分が、主人公たちを騙すための言い訳なのか、本気で言ってることなのか、どちらの感じを出そうとした演出なのか、よく分からなかったのもあって、状況をどういう風に捉えたらいいのか分からなかったし。
無人島でのチャンチャンバラバラが、作画の良くなさも相まって、タイミング取り的にもビミョーな仕上がりだったし、今日の絵コンテ&演出はイマイチ感が…
今日の担当の南康弘、下手な人じゃなかった記憶があるのだが…
銀時@杉田智和と桂@石田彰の老け演技は、あのしゃがれ具合といい、喋りのトーンやテンポといい、それらしくてかなり良いなぁ~
誰なんだ今日の脚本担当!?
クレジットミスか、絵コンテマンが兼任してたのか(それは荷が重過ぎない?)、表記拒否か(汗)
というわけで、割と久々のオリジナルだが、地味にスゴイ。
次の画面で何が出てくるのか身構えてしまう緊張感…
ひょっとしたら、次に映る物は人間の形をしていないかもしれない…
そうそう、真の作画崩壊ってこういう感覚が伴ってくるんだよねぇ~(笑)
|||○| ̄|_
前半はむしろ良くできたカットが多かったと思うけど、後半はマシなカットを探すのがラクなぐらいの不安定さ…
キャラの顔がカットごとに違っていたり、等身が変なバランスになっていたり、遠近法が怪しかったり…
↑遠近法が怪しい図
↑人体デッサンが怪しい図(右端は嘘をついてるせいか、ピノキオ並みの鼻)
↑細かい破片が一切ない割れ方のステンドグラスと、スッカスカなレイアウト
ストーリーの方は、オーソドックスすぎる作り。
周囲に当り散らす高慢な性格の女性キャラが出てきて、登場人物たちが各々部屋の隅とかで、彼女に脅迫された腹癒せに握りこぶし震わせながら鋭い眼光で睨みつけてたり、仕事を奪われた怒りを包丁を持って食材に思いっきりぶつけてたり、と殺される人間は出てきた瞬間に丸分かり、全登場人物を容疑者たらしめんとする演出を重ねに重ねまくる、ってどこまでパタナリスティックなんだ!?
殺人の行われた密室に、突入アイデアを率先して出して一人だけ先に入っていくヤツが現れた時点で、犯人とトリックも即効で読みきれる。
たまにはこんな単純なトリックや伏線でもいいとは思うけど、いかんせん単純すぎるぞ。
動機以外で怪しいと思わされる材料が一人の人間の言動に固まっている、ってのは、トリック説明のときにそれらについて言及されることを考えると、もうその人以外犯人はありえないということになって、複数人の容疑者が出てくる推理モノストーリーとしては全然面白味がなくなるんだ、というのは前々から思ってきたことなんだけど、その不毛な歴史を繰り返しますか…
タイミング良く「君、まさか“あの”ことを怨んで殺したんじゃ?」と他人の動機をペラペラ喋るとか、セリフ内容の単純さ共々、スケープゴートにする気満々という感じにしか聞こえないわよ!(笑)
原作23巻の事件で、あからさまに怪しい行動をしている人間がいて、「どうせこの人が犯人なんでしょ?」と思っていたら、その人は犯人がトリックを使ったせいでその行動を取らざるを得なかった=怪しい行動をしているから別の人間が犯人、という「疑惑と証拠の分散」を行なっていたのが見事だったので、そういう工夫を何かしてくれんかなぁ…
そういうのがないから、「スケープゴートにされる」という役割がある女中はともかく、女優はただ小五郎に勘違いで一瞬疑われるだけだし、編集者のレコーダーマンはそういう役割さえない(あれだけの役割なら他の人がICレコーダー持ってても話上は問題ない)、という偏りすぎな設定配置になってしまうんだけど…
なぜか他人の家の客を本人に代わって出迎える編集、高い天井からかざしてるのに遥か下のドアまで鮮明に聞こえるICレコーダーのスピーカー、生きてるように見せかける音声トリックが話的に要らない、とか、常識感に欠けるところもあったり…
ただ、もう後一歩でいい線いけてたところもあった。
占いがテーマ(でも、今回特にそれなりすら意味はなかったよね、この設定;)のひとつということで、新一のことを想う蘭を絡めてくるところとか。
もう少しその辺がメインのエピソードに絡む形になっていたら、いつもオリジナルでは「居るだけ要員」でしかない蘭を有効に扱えたのに…
あと、『金田一少年』とかで密室の完全性の証明のためによく出てくる、どないなテクノロジー使っとるねん「絶対複製は不可能」な鍵を、「メーカーしか複製できなくて、複製に本人証明が必要」というより現実的で今風な設定にしていたのが、ちょっとした工夫。
アーニャ「あなたのシールドが上か、私のシュタルク・ハドロン砲が上か?」
ルルーシュ「クッ、こ、これは、いくら絶対守護領域でも!」
大層な名称をお持ちの攻撃ツール/防御システムの名前を独り言の中に使いながら、どちらが強いかの一騎打ちって、スゲェ厨臭いなぁ(笑)
ルルーシュが死を急ぐスザクに対して心からの善意でかけた「生きろ」のギアスが、逆にルルーシュの大切なものを奪ってしまう結果を生む、という皮肉なめぐり合わせは、なかなかに面白い。
ところでカレンは、このスーパー紅蓮の登場のお話の都合のためだけに囚われたのかね?
牢獄での拘束をナナリーから救われたり、スザクに自白廃人化剤を打たれかけたり、捕虜を身体的に痛みつけようと企むラウンズからジノに助けられたり、やけに数々の危機をすんなり回避していて、物語(脚本家)から「あまりヒドい目に遭ってもらっては困る」とストップかかってるなぁ、とは感じていたけど。
長々引っ張ってきた割に、それだけの意味しかないのは、何か物足りん気が…
「敵の動きが変」というあまり特別妙なことではない状況下で「こちらも後退する」と判断して、大量破壊兵器“フレイア”の事情を全く知らない黒の騎士団のメンツがその攻撃から結構生き残ってるのは、ご都合に感じられるかも。
予告は、最愛の妹を失ったルルーシュの「何も考えられない」状態を表すかのように、BGM以外無音。
その回で主人公が言えなかったことや裏の心情を語る場になっていて、本当に次回予告をしない次回予告だなぁー(笑)
お話的には、ほっとんど何もない、女子高生たちのまったりとした生活風景を坦々と描くだけの回、といっても過言ではなかろう。
オタクは女の子が出てくればそれでOKという低脳ばかり、とよく貶されるが、それ向けに作ったにしても、話がなさすぎる。
『サザエさん』の方がまだドラマチックだぞ(笑)
まぁ、日常生活を丁寧に描くことで、ちかがひだまり荘の日常に強烈な憧れを持つ説得力を与え、その様子を描写することで、ひだまり荘、引いてはこの作品世界そのものの価値を上げることが今回の話の目的、だったとも言えるが。
いつも、どれだけ女の子たちのまったり生活を描写してても、最低2分に1度はギャグを入れてきてくれるので、そのギャグ部分を好んでいた身としては何とも退屈(汗)
お話にフックがない代わりに、レイアウトやカッティング等の画的なフックで魅せ付けてくれれば、それはそれで面白い。
Aパートでは教科書的な演出の逆を行くような尖がった演出が目立っていて、その気合が見られたのだけど、Bパートになってからは、ほとんど普通の演出になってしまっていた。
絵コンテは福田道生ただ一人なので、別にコンテマンの違いによるものではなくて、後半は演出を尖がらせるより、滑らかにして日常の心地よさを強調することの方が大事という意図なんだろう。
しかし、そのおかげで最終的に残ってる印象は、「誰が描いたんだ!?」というラクガキすぎる次回予告4コマ(笑)
銭湯シーンは露出度高くよく動いていたなぁ~
『コナン』も60巻台に到達し、ついに禁断のネタを繰り出した!…と、その部分のことを言及する前に、それまでの話について思ったことを。
毛利探偵事務所の階下の喫茶店の店員・梓の兄が容疑者になってしまう事件では、ラストで、誘き出された梓と梓兄が真犯人と対峙するんだけど…
別の場所とはいえ既にコナンが推理を披露した後なのに、犯人がこれから脅して自殺させようとする人間に対して、ダラダラと真相を喋りすぎ。
「推理は自供や証拠がなければ真実にならない」のが推理モノのルールなので、犯人を確定するという点では自供してくれているから正解だが、お話としてはただ真相語りを繰り返しているだけの構成になっているので、アウトなのでは…?
ちゅーか、それは「冥土の土産に教えてやるフラグ」といって、言ったヤツの勝利がかき消されるパターンですよ、犯人さん(笑)
妃弁護士に依頼してきた元・女子柔道家の事件。
「被害者の方がトリックを使っていて、犯人はそれを利用してアリバイを作る」というトリックは、14巻の話で既に使っただろ!
しかもそれと比べて、レベルが落ちている。
おかげですぐに真相が分かってしまったし、『コナン』のトリックネタ不足も露骨になってきている感じで、同じネタを見せられてもなーという思いはある。
過去のネタに「英理と小五郎の話」を組み込んで、新作話としての興味を何とか繋いでいるという形に見えた。
そして、今回の単行本の後半部まるまる使って繰り広げられるのが、「工藤新一(=主人公)の致命的な推理ミス&決定的な殺人」という、衝撃展開!
当然のごとく、「それは周りの人間の勘違い」というオチで終わるわけだけど、「推理モノの探偵の推理というのは、往々にして妄想のレベルに達している(その推理って本当に真実なの?)」という批判さえあるこのジャンルにおいて、それをそのままお話にしてしまった今回の事件は、『コナン』のタブーに触れてしまっているぞ…
しかも、その推理ミスのせいで、「村一つが新一に対する憎しみにまみれてしまう」という物凄いレベルの反主人公要素が発生している壮絶な展開。
『コナン』ぐらいの作品の自制力がなければ、主人公に悲劇的なケジメを負わせる展開にしかならない設定だなぁ…
…そのぐらいのレベルの危機なのに、新一の推理に対する村人の勘違いって一切解消されてないんですが……作品的にそれで良いのか?
現実に起きている頭を打って記憶喪失になる発生率の低さを考えれば(いや、フィクションでそれを指摘するのは酷かもしれんが;)、ビミョーに新一っぽくなく描かれていることも併せて、ホンモノの新一でないことは容易に想像がつき、そうなると死羅神様の正体も簡単に割り出せる。
簡単すぎる話だが、読者がそう予想していることを見越してか、「ニセモノの姿を影から見つめて、悔しそうに口元を歪ませる死羅神(=ホンモノの新一)」という光景を見せて、読者に「アレ?あの新一が悔しがるなんて一体どういうこと?」という別の謎を提示して話の興味を引っ張っている部分があって、細かいところで芸を凝らしているなぁ
…などと思いつつも、トイレに篭ったコナンが灰原の解毒剤で新一に戻るとき、いつもは飲んでから相当なタイムラグを置いてから戻るのに、かなり僅かな時間で苦もなく戻ったようにしか演出されてなくて、テキトーな作りを感じるところも(汗)
個人的には、ジャンプに載っていた原作を珍しくも既読している話だったりする。そのときから思っていたけど、ギャグのお手本のような回。
『浦島太郎』を下敷きにしていたギャグストーリー、というコンセプトを打ち立てた時点で、半分ぐらいネタは決まったも同然ではあるのだけど、そのネタが何かというと、「下敷きにした元ネタとは逆のことを行なう」ということ。これは、ギャグ、というかパロディの基本である。
「他人に虐められていた罪のない亀を助けた御礼」で竜宮城に招かれるのではなく、「出歯亀を自分たちの手で暴力成敗することから助ける見返り」に竜宮城に上がりこむ、という冒頭は、元ネタのベース要素をすべてひっくり返すことで成り立っている。
その後は、「竜宮城は選ばれた者だけが行ける」という雰囲気がある元ネタをひっくり返し、唐突にも竜宮城に招かれた人物が次々と現れる(しかもことごとく身内のキャラ)、という展開で笑いを取る。
その中に「亀に助けられて竜宮城へ」という、ある意味今回の物語の発端候補だったかもしれないひっくり返しネタが含まれているのも、ひっくり返しギャグのシミュレートの結果報告みたいだし、しかもそれで連れて来られたのが、準レギュラーの“ザ・まるでダメな男”長谷川という、「亀に助けられるぐらい憐れなのはコイツぐらいだろう」と思わせてくれるぐらい適任すぎるから、余計に笑える。
最後に、「亀が題材なら出すしかない」と当然のごとくガメラネタが出てきたと思ったら、スッポンでした、というベタなネタの上に、「桂が桃太郎一行として天竺に行く途中だった」というネタが乗っていて、ひっくり返すどころから元ネタから離れてしまうのも「同じネタを繰り返して、最後に捻ってみせる」ギャグの基本。(ここでキテレツ思考回路の桂を持ってくるのもベストチョイス!)
しまいには、その全部のネタが不協和音を起こして砲撃戦に発展するところも、やけに作画にリキが入っていたので、それも可笑しくって仕方がない。
前半は、モブキャラの一人一人に動きが付けられているビーチのシーンから始まって、総じて作画が良いのだけれども、これも「バカは全力でやってこそ見ていて気持ちいい」という基本。(後半は、止め画やリピート作画などが増え、長谷川のグラサンの下りの絵コンテが悪かったのを含めて、ちょっと見劣りするけど)
これは無人島編になっても同じ流れを繰り返す。(これも最後の桂の、他の人物の行動と似ているようで全然違うというズレ方の方向がすさまじくて、素晴らしく笑える)
「竜宮城へ行って最高に賑やかに楽しく過ごしました」というのが、「竜宮城へ行く途中で無人島に取り越され、最悪なバカンスになりました」というのがAパートのオチになっているのも、きちんとひっくり返しになっている。
一つ一つのネタの練度はそう高くも無く、基本的ですらあるのだが、こういう物量作戦で来られると、もう笑うほかにしょうがない。
『鉄腕バーディDECODE』をGyaoで見てたりするんだけど…
実力派のスタッフが集まって作ってるハイクオリティ・アニメなのに、Gyaoのコマ落ち画質ではそれが何一つ伝わってこない…
1話と2話のバーディの動きの違いが、作画クオリティの低下なのか、それとも異物を体に取り込んだせいで動きづらくなってるという演出意図を汲み取ったレベルの高い作画であるのか、なんて議論の真偽を確かめることもできない。
そんなことよりも思うことは…
絵柄もさることながら、このポーズを、カッコ付けいそうで、どこか力が抜けている感じが出て自然体っぽい感じに仕上げているのが、どっかの誰かさんが描いたみたい(笑)




