スタッフのキャラへの愛によってストーリーを紡いできたこのシリーズだが、今期の場合は、
スタッフのキャラへの愛によってストーリーが破壊されている感じを受ける…
ま、単純に言えば、キャラ多すぎ、ってことに尽きるわけだけども。
1期、2期はなのは側ともう一方という二極視点で「ともだちになりたい子を助けたい」という直線的なストーリーを紡いでいたわけだけど、今回はキャラがそれぞれに諸事情を抱えているせいで、それらをすべて描こうとして視点が分散しすぎているんだもん。
…でも、弊害ばっか多い大所帯化だけど、OPのラストカットを見てると、これでもいいかなぁ、と思えてくる。
なんかこれを眺めてると、「私たち、チームで頑張ってます!」みたいな団結力というか家族的な情を想像してしまって、特に前作から引き続き出ているキャラの(身長的な)成長を見るに、感慨深いものもあり、またフェイトの孤独から本格的に始まったこの物語も、こんな大所帯を得るまでに仲間を増やしたのだなぁ、とそこもちょっと心揺さぶられるものがある。
だから、この画のチーム感に説得力が伴ってくるようなストーリーがどこかで出てきてくれれば嬉しいなぁ~
しかし、媚び媚びなキャラデザと、1期1話での吉成鋼の力み過ぎの作画目当てで見続けてきたこのシリーズも、付き合い続けて、思えば遠くへ来たもんだ…
…と、懐かしい画像を引っ張り出してきて、1期のあどけない小学生なのはと、今期のすっかり落ち着いちゃった成人なのはを比べてみると、実体験年月と作品内時間の別なく、月日の流れというものを感じられて、なおかつ『魔法“少女”リリカルなのは』の物語の終着点への旅に同行しているのだ、と思うとちょっとセンチメンタルっぽい感動に浸ってしまいそう。
…そんなことを考えていたら、『オトナ帝国の逆襲』の、あの奇跡の3分間回想シーンを連想してしまった。
父に釣りに連れて行かれるヒロシ(幼少期)から始まる回想が、子を釣りに連れて行くヒロシの画で終わるのには、輪廻というものを感じられて(おまけに自転車の車輪がぐるぐると回っているのが寓意的)、それを考えると何度見ても泣ける。
あと、同じようなレイアウトなのに、右はみさえとひまわりとシロが増えてるのが、もう卑怯! 少年ヒロシは「万博」とその時代を失ってしまったけれど、今はそれ以上に得ているものがあるんだよ、ということをこれ見よがしに示してくれているのだから。
果たして『なのは』は13時間(26話)で、この最強の3分に辿り付くことができるだろうか…