前回の感想で大見得切って提示した犯人双子説は、見事単なる妄想に終わる(汗)
ハッハッハッ…
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そりゃ、そんなアホなオチよりも、死んだと思っていた父親との再会という感動的なエンディングにした方がいい話になるものねェ~
良かったねェ
めでたしめでたし~
…って、それはそれで良いんだけど、何か釈然としないものが。
あのひいじいさんは、本当はゆり子に相続させたかったんだけど、それでは他の親類が納得しないから「謎解き」という条件をつけて、絶対に解けないであろうそいつらが素直に諦めるように仕向けた。
その確信は、謎を作ったのがゆり子の母であり、その血を引くゆり子ならば必ず解ける(それ以外の者には解けない)と踏んでいたから。
―ということになるんだろうけど…
結局謎を解いたのはコナンであって、ゆり子は全然謎解きしてない(笑)
(コナンにヒントを与える役割さえ与えられていない)
これでは曾孫を想うジジイの配慮が全然感動のシーンに反映されてないではないか。
どっちらけ…
父親も父親で、なんで少年探偵団なんか呼んでくるかね?
やっぱり、「ゆり子なら解ける」というのはジジイの過信だと思っていて、ゆり子だけで謎解きさせるのは不安だったので、何としてでもゆり子に相続させたいからアドバイザーを付けたのか?
そうなると、「時計さんは少年探偵団を妨害していた」というコナンの推理が浮いてしまうんだよなァ…
なんでゆり子にアドバイスを与える者を助けなかったのか、という問題が出てくる。
それは「時計さんはみんなを守っていた」という灰原の推理で、単にゆり子を助けるので精一杯だった、と言う時計の弁解が正しいことが保障されて問題はなくなるのだけど、その推理をコナンが正しいと直接言っていないのがまた問題…
時計の正体を示唆した灰原をコナンが援護する描写があるため、コナンが灰原の推理の方を正解だと言っているような印象を受けるが、自分の推理を否定する描写はないのよね。
『コナン』の世界では、コナンが推理したことが絶対であり真相で、それが間違っていた場合にはそのことを示す端的な描写・説明かコナン自らが自分の推理を否定することが必要になるのに、その部分が無いから話の流れが不自然な感じなのですよ。
でもなんでコナンはわざわざ間違った推理(しかも後の描写を見るに間違っているとは気付いているはず)を披露したのかね?
ゆり子にシンパシー感じてる灰原に正解を言わせて花を持たせようとした?
それならそれでいいのだけれど、そんな説明全然ないからな、観てる限りじゃそうとは分からないんだって…
それから、急に時計がつるはしで穴掘り始めたのは、ゆり子たちが掘る時間を短縮するためなんだろうが、コナンの推理のその先の行動を実行したものだから、急すぎて見返さないとその意味がよく分からなかったよ…
なんかねぇ、「それって意味あったのか?」と言いたい塔のトラップと迷路のことを扱いの軽いエピローグ部で「あのトラップは子どもを楽しませるためのアトラクションだったんだよ」という拍子抜けする理由でもって投げやり気味に説明するあたりも含めて、尺の都合で脚本をガリガリ削ってるかのような印象を受けるなァ…
前編では好感触だったのに、今回でだいぶ落ちた。
黒水晶と光源と影を使った謎解きってのは面白かったけどさ。
あと、取っ組み合いのケンカをする男子連中3人(コナン含む)というレアな光景が見られたのは儲けモンかな?
(しかし「雨降って地固まる」戦法で結束力強めようとするってのは、コナンのやり方ではないぞー)
作画面では、黒水晶の謎を解いたときのコナンの顔が「その表情はありえない」と言いたいぐらい変だったのが印象的だったほか、そんなにレベル高くなかったけど、ラストのシーンで唐突に青野作監が投入されたので驚いた。
なんで今回に限り作画監督二人やねん…
力量の違いが歴然だ(笑)