TSUTAYA半額だったので、大量に借りて観てみた。
…本当はこんなことしてるヒマはないハズなんだけど_| ̄|○||||
『スーパーサイズミー』"SUPER SIZE ME"(2004)
ロベルトよ、遂に、というか、今更見たぞ~! マクドでチーズバーガー食べた後で(笑)

マクドナルドのメニューオンリーで1ヶ月過ごすというバカ企画ドキュメンタリー。
予告で悲惨さが大体想像できてしまったので、実際に観ての衝撃はなかったなぁ~
ちなみに、吹き替えが大塚芳忠。悪役以外で声当ててるのを久しぶりに聞いた気がする。
『アンタッチャブル』"THE UNTOUCHABLES"(1987)

禁酒法時代の物語、批評家絶賛、アカデミー賞総なめ、などなど前情報を聞いていたので、『ゴッドファーザー』みたいな雰囲気で、誰も手出しできない暴君アル・カポネ周辺の話を描く社会派の映画なのかと勝手に想像していたら、あら、意外とエンタメ寄りなのね。
まぁ、後年『ミッション・インポッシブル』撮ってるブライアン・デ・パルマだし、当然か。
勧善懲悪モノとしてとても面白かった。撮影と編集もお行儀良し。
クライマックスの“オデッサの階段”のオマージュは尺を取りすぎてて、全体の流れから浮いている気もしたが。
あと、視点ショット多さが気になった。何も、騎兵隊の視点ショットまで入れんでも…
字幕は元より、吹替でも見ていたのだが、ケビン・コスナーの声優が大塚芳忠。
図らずも大塚芳忠の良い人役二連発だった。
『未来世紀ブラジル』"Brazil"(1985)

オデッサの階段パート2(笑) こちらはパロディですが。
官僚政治の弊害面だけが噴出している現代日本との近視感がすさまじい。
テリー・ギリアム恐るべし。この人が米版『ゴジラ』撮ってたらどうなってたんだろう、と所々出てくるミニチュア撮影部を気にしながら考えてた(←見るところが偏りすぎです)
でも、ラスト20分しか観てないとはいえ『12モンキーズ』は原作の『ラ・ジュテ』の方が面白かったからなぁ…
『シャイニング』"THE SHINING"(1980)

今更説明の必要もない、狂人演出大好きスタンリー・キューブリック監督の作品。
この機会に見てみようと思ったのだが、忘れ物して遠くのビデオ屋まで2往復した疲労感から、途中で寝てしまった(汗)
しかしウトウトしながら見ていたので、いつの間にかジャック・ニコルソンが暴走し始めていて、彼の豹変は夢の中の出来事なのかそれとも現実の出来事なのか?…と虚実の境目が混乱して、映画と関係ないところで面白さを感じていた(笑)
今となっては、ジャック・ニコルソンの最期の姿はギャグだよなぁ~
『アマデウス』"AMADEUS"(1984)

モーツァルト生誕250年ということで、天才(変態)音楽家ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生涯を、同時代を生きた作曲家サリエリの視点を中心に描く史実映画を拝見。
といっても、実質サリエリの映画と言っても差し支えなかろうが。
とりあえず…サリエリはツンデレ、と(笑)
いや、表向きはモーツァルトと仲良いのだが、本音では憎んでおり、でも深層心理にはやっぱり彼への憧れがある、という屈折したツンデレだけど(←それツンデレか?)
その深層心理が表出しモーツァルトとサリエリが協力して「レクイエム」を作っていくラストがカタルシスに満ちてて良いねぇ~
サリエリの感情をより分かりやすくするために、コンスタンツェに妨害された時に、「彼の作曲を手伝えるのは私しかいない!」と叫んでくれてたら私の好みだったのだけれど、それだと完全に「まんが」だからなぁ…
余談だけど、天才ってのは大概変態。
常識の枠内で考えていては出てこない考えを構築できる常識の外側からの視点を持っているから、天才は天才なのです。
常識破りの人間(=変態)が常識人であるわけがない。
『人狼』"JIN-ROH"(1999)

『赤い眼鏡』と『ケルベロス』は観ておりませんよ(笑)
押井守の魔の手がかかってるにしてはストーリーが分かりやすかったなぁ~
影もつけずに演技させているリアルな動きが素晴らしいが、同時に「アニメーションなんだから、こないにリアルに動かしまくらんでも…」とゲップ出してたり(笑)
『スニーカーズ』"SNEAKERS"(1992)
…あれ?
ロビン・ウィリアムズ主演の『ストーカー』借りてきたつもりなのに
フィル・ロビンソン監督の『スニーカーズ』が何故か手元に…
これは何の陰謀だ!?(笑)
仕方なく見てみたが、毒にも薬にもならない内容。
ハイテンポ重視のハリウッドには珍しい、キャラ重視のまったりムービーという点には興味がそそられたが。
京都精華大学―対談:浦沢直樹×長崎尚志:アセンブリーアワー講演会
浦沢作品は『MONSTER』しか読んだことないのに、なんでわざわざ京都まで行ってるんだろう、私…
生の声を聞けるのは貴重だったけど、話自体は意外性もなく、無難の域だったなぁ
あなたが堅実な秀才型なのは、作品読みゃ分かります。
後、マンガ家の仕事内容とか制作裏話よりも、業界と作家の関係性みたいな大枠の話をむしろ聞きたいがために行った気がするので、長崎尚志にもっと話題を振ってほしかったかも。
マット教授が乱入してきた後半が一番盛り上がったけど、進行と〆を台無しにしたのもやっぱりマット教授…
サービス精神旺盛なのは良いけれど、全体のことも考えてくださいな。
おかげで手塚から大友まで描き分けて解説する学者な浦沢直樹が見れて貴重だったけど。
懸念事項が現実のものに…
オレ様千秋改心の布石になぜか使われるアニメ登場の回。
まさか月9で釘宮理恵の声を聞けるとは思わなんだ。
やっぱり実写とアニメをドラマ上でリンクさせるのはキビしいものがあるなぁ…
例えば上の「助けるために手を握るシーン」は、マンガだったら、本編もアニメ部も、同じ“線で描かれたもの”なので、画的な互換性があって、シリアスなシーンでもドラマ的な結び付きが見ている方にすんなり受け入れられるけど、実写とアニメだと画ヅラが質的に違うので、違和感が先行して、シリアスなシーンならではの感動に至らない気が…
あと、千明の性格からすると、「アニメなんてマトモに観てられるか!」という気持ちの方が強いと思うので、呆れた顔しつつもなんか観続けてる、という演技を個人的には期待していたし、もしくはアニメが流れている間は千明のリアクションを映さない(玉木宏を長時間映さないなんて、そんなッ!)、というのが手だと思っていたのだけれど…
割とハマっとりますな。
後半(右2枚)なんて、わざわざ姿勢正して観てるし。
アニメの手を掴むシーンの前に、没頭してる千明の姿をカットインさせたのは良いと思うのだけど。
あと、俳優の演技…というか発声の悪さがギャグシーンの足を引っ張っていることが顕著になってきた。
ちなみに、劇中アニメのスタッフをエンドクレジットで調べてみると…
「プリごろ太 宇宙の友情大冒険」
声の出演
ごろ太 工藤晴香
プリリン 川上とも子
カズオ 芝原チヤコ
リオナ 釘宮理恵
マイケル 大山鎬則
宇宙船 小野涼子
アニメーション監督・脚本・絵コンテ
カサヰケンイチ
演出・作画監督
音地正行
アニメーション制作
GENCO/J.C.STAFF
映像提供
のだめカンタービレ アニメ制作委員会
J.Cかよ。意外と豪華だな。
とあるUHF系テレビ局の某深夜アニメでの一コマ…
こんな切れ方するキャベツなんてねぇよっ!
…というのは、もう古いネタだな。
深夜アニメは作画崩れがよく起こるから、まぁ仕方あるまい。
…が、キー局のゴールデン背負ってる作品で作画崩れが起きたら、「仕方あるまい」では済まないだろうな。
…じゃあ、今日の『名探偵コナン』はどうしてくれよう(汗)
1954年11月3日。
『ゴジラ』第1作の公開第1日目である。
というわけで今日はゴジラの誕生日。
坂野義光監督の『ゴジラ3D』も頓挫しちゃったみたいだし、帰って来るのはいつになるのやら。
そして何の因果か、関西学院大学で自主制作特撮を観てましたよ。
監督は等身特撮ヒーロー番組のセオリーをよく分析していらっしゃる。
結果に反映されているかどうかは言わないが。
詳しくは過去の日記を参照のこと。
もう、どこが『踊る大捜査線』なんだ!?、と原形を留めないまでに変形したスピンオフドラマ。
…などと文句を垂れつつも観てしまうから、制作者側をつけ上がらせちゃうんだろうな。
先週『容疑者室井真次』を観て、そのあまりに小物の悪役然としたキャラクターを知った時には、「え~~っ!!? こんなの主人公にしてどうやってドラマ一本でっち上げるんだよ!!?」と驚いて、呆れてしまいました。
感情移入の対象になりえないキャラを主人公に立てると、ドラマとして立ち行かなくなると思うのですが。
これを回避するために考えられる方法は二つ。
灰島には主人公ではなくピエロ役を演じさせ、周辺人物に主視点を置き、灰島が事件を掻き乱すせいで翻弄させる周辺人物たちにドラマを求め、最後には灰島が負けて良かった良かった、という話にする。
灰島に挫折を味わわせることで葛藤のドラマを噴出させ、改心させることで灰島を感情移入可能なキャラクターに変貌させて物語を進行する。
今回は無難に後者を選びましたな。
でも、君塚良一が脚本書いてるくせに、エピソードの配分バランスが心地良くなかったり、提示された問題が足並み揃わずにラストに向かって進行していたり、いまいちうまくいっていない。
最後の最後には、折角改心させた灰島を完全に悪役に戻してしまうし。
(基本悪モノだけどちょっとは改心したんだぜ、みたいな描写が出てくる期待も打ち砕いてくれたからなぁ)
多分、キャラクターの同一性が維持させるように話を調節するのを重視するあまり、バランスが崩れてしまったんだろうな、とは思う。キャラ重視の『踊る』では、こういう処理のが大変だから。
ただ、灰島を改心させるイベントの配置は面白い点が多く、「あの状況から改心させるために、よくこんな巧い舞台設定を考えるよなぁ」とは感心した。
…が、もう『踊る』の出涸らしすら限界です。


