なにやってんスか、本城さぁーん!!
っていうか、探偵左文字の降臨か!?
…というわけで、右京さんが犯人を状況的に追い詰めるため神戸を巻き込んで変な小芝居をする回。
右京が小悪党風の演技をすると、10~30年前の水谷豊になるというか戻るというか。
『傷だらけの天使』ぐらいの頃から水谷豊を見てる人にとっては大爆笑できる回。
右京「お二人さん、夫婦を装うなら指輪ぐらいするもんだゼ」
右京「そちらさんみたいに、夫婦で違う指輪をしてるのも、どうかと思うがネ」
という芝居がかった言い回しに、個人的には、『刑事貴族3』の本城刑事を思い出して、こういうシナリオがありだったんなら、どうせなら”本城&リョウ”=“右京さん&亀ちゃん”コンビでやってもらいたかった!!(笑)
…なんか、本城・リョウだと、二人とも小悪党の役回りになってそうな気もしますが(汗)
http://www.youtube.com/watch?v=jreMa77p33Y
しっかし上記の小芝居は、そうしなければ事件解決に結びつかない、というほど切迫した必要性がなかったんで、「何してんの?」という気分になりもしたけれど…
…まぁ面白いんで結果オーライ(笑)
他にも、誰にも気づかれずに窓の隙間から右京を覗いていた神戸とか、神戸と話してたのに途中で神戸に部屋から出て行かれたのに気づかずに話し続けてベストタイミングで振り向いて「あれ?」となっちゃう角田課長とか、そして極めつけの神戸の健康診断の行方とか、コメディ色が強い回になりましたなぁ~
やっぱり、細かいネタで遊ぶ話を作らすと戸田山雅司は上手いというか、成功するわ。
…と、いまだに『劇場版1』の個人的な恨み節を述べてみる(汗)
話の大筋的には、山奥の閉鎖的な宿で、腹に逸物ありそうな人物たちが集まって、怪しい行動を見せ、そこに主人公がやってきて、最終的にみんなを一堂に集めて謎解きをする、という古典ミステリーの雰囲気があって、『相棒』でそういう原“典”回帰的なものが見られるというのも楽しい回だった。
最後の謎解きをするのに必要なヒントや伏線が少ない・分かりにくい、作中で右京たちが手にする物的証拠がほとんどなくて妄想推理状態になっている不親切さ、真実をずばずば右京がエスパー級になっているという不自然さがあった気もするが、まぁ大目に見てくださいませ(汗)
結構楽しい回だったので、録画したのもう一回見て大爆笑しようとしたら…
「録画された番組はありません」
…我が家のポンコツブルーレイレコーダーめぇぇぇぇ!!!!



作画にまだ余裕がある状況のようで、イカ娘の表情がコロコロ変わるのが楽しいなぁ~
萌えアニメの場合、標準の可愛いキャラデザからなるべく外れないよう笑顔や泣き顔を描くことで、萌えキャラの可愛らしさを損なわせずに感情を表現することが多いから、表情のバリエーションがあまりないのが大抵。
だけど、『イカ娘』は基本萌えアニメというよりギャグアニメ寄りだから、そこらへんの配慮をあまりしなくてもいいんだろうなぁー
…とはいえ、そこまでコロコロ表情が変わって邪悪な企みの笑みまで浮かべまくっているのに、なお「イカ娘可愛い~☆」と、早苗じゃないけど思えるのは、原作からしてシナリオが他愛ないのが功を奏しているのと、演出がいいからだろうなー
いや、昨今の萌えキャラも、表情や内面性がもっとイカ娘寄りの他愛ない邪悪さがあってもいいんじゃないかと私が思うところあっての感想だけど。
Aパートの「仲間じゃなイカ?」で、まだ放送2話目なのに「地上の生活に慣れて、すっかり忘れてたでゲソー!」とか言ってるのは、ご愛嬌(笑)
吾郎登場2回目の原作14話のネタを、吾郎初登場のネタと一緒に、このタイミングで使っているせいだが。
Bパートの「祝わなイカ?」は、早苗初登場回をこの後に持ってきているせいで、早苗不在で話が進む仕様。
まぁ、原作では居てても居なくても大して話の筋に影響してくるわけではないので問題ないけど、「今まで祝われたことないから分からないでゲソ」と聞いてぶわっと涙浮かべる箇所が良い味出してて好きだったので残念だし、アニメオリジナルで早苗を絡めてネタを膨らませた話を見てみたかった気もする。
誕生日ケーキにロウソク突き立てすぎて火が吹き消せないシーンは、火の勢いが強すぎる、というより、イカ娘の肺活量が弱すぎる、という風に見える演出になってたのが、笑わせるポイントがズレててちょい違和感。しかし、イカ娘の人間体部分、虚弱体質だから問題ないけどさ(笑)
原作にはない、「来月の誕生日が楽しみでゲソ」「誕生日は年一回だよ!」というオチが、イカ娘のアホっぽさと他愛なさが強調されていて、イカ娘の魅力アップさせてて良かったなぁ~
Cパートの「遊ばなイカ?」は、原作既読者とか、後々の話数まで見た人が見返したら誰でも思うだろうが、まだ早苗がマトモの域だ(笑)
初見の時は、「イカ娘ラブのちょっと変わったキャラが登場したなぁ」程度だったのが、放送10話目なんてヤンデレストーカーレベルだしな。
原作からしてそうなのだが、早苗の家にイカ娘と早苗だけが残った際、「1.邪悪なオーラ出しながらイカ娘に迫る早苗」「2.早苗にコスプレ強要されて困り顔のイカ娘」「3.外出していたが、イカ娘を放っておくと早苗が危険と走り出す栄子」「4.早苗がイカ娘にコスプレさせてたのを栄子に見つかる」というネタの順番が、2と3逆の方が、オチがインパクト増してて良かったんじゃあないだろうか…
今話からEDアニメーションの変化が本格化。Bパートの花火の話を踏まえてか、サビの開始部分から夜空に打ち上げ花火が上がり続ける。
#2A「仲間じゃなイカ?」
原作1巻第7話「仲間じゃなイカ?」&原作1巻第14話「溺れなイカ?」
脚本:横手美智子 絵コンテ・演出:山本靖貴 作画監督:高原修司
#2B「祝わなイカ?」
原作1巻第10話「打ち上げなイカ?」&原作1巻第16話「祝わなイカ?」
脚本:横手美智子 絵コンテ・演出:山本靖貴 作画監督:星野浩一
#2C「遊ばなイカ?」
原作1巻第9話「飼わなイカ?」&原作1巻第11話「お邪魔しなイカ?」
脚本:横手美智子 絵コンテ・演出:山本靖貴 作画監督:高原修司
コタツに入ったままコタツがどこにでも移動する、便利なようで滑稽すぎてむしろ不便だろ、というツッコミ待ちの全自動コタツのオリジナル話。
ドラえもん・のび太・ママ・パパの四人がセットで騒動を起こしたり巻き込まれていったり、商店街の福引きにのび太のママが(ガラにもなく)異様な闘志を燃やしていたりするのに、『ドラ』っぽさではなくて、なんか『クレしん』っぽさを感じてしまった。
あまりにもくだらなすぎるギャグの連続だが、そのベタベタさがなんか好きな回だったなぁ
大山時代の強いイシの描写は、あまりにも強すぎ・理不尽すぎて、演出的にも重くて、それはそれはトラウマものだったのだけど、わさドラもそのトラウマに迫る感じで健闘してた。
脚本:ブラジリィー・アン・山田 監督:橋本一
サブタイトルのおふざけ具合が、ちょっと好き。
今回の脚本のブラジリィ・アン・山田は、Season8「マジック」以来2度目の登板。
新聞内の目当ての記事に気づく神戸の視線カットを入れたり、部屋から出ようとすることを撮って終わればいいところをアングルとカットを変えてしっかり部屋から出るところまでカメラを回すとか、橋本一メガホンはスタイリッシュじゃあないけど基本に忠実だなぁ~
謎が謎呼ぶ展開で、すべてが明らかになった時、言い知れぬ不快感というか虚無感があったものの、全体的に軽い感じの話で観やすくて良かった。
しかし、「右京ににこやかに逮捕状を突きつける神戸」という次回予告のインパクトで今回の話が吹っ飛んだ!(笑)
…というわけで、滋賀ではびわ湖放送で『侵略!イカ娘』の放送が始まった。
『ARIA』を夕方の枠で放送し、『銀魂』をゴールデンに格上げしちゃった実績のあるびわ湖放送なので、『イカ娘』の扱いにはちょっと期待もしていたが、やっぱり深夜放送になっちゃった。
まあ、『イカ娘』は極端に放送局少なかったから、1クール遅れでも地方局で放送してくれるのはありがたい。
ブルーレイを最高画質で録画だ…
…ええ、結局買いましたよ、ハードディスクレコーダー!
番組が始まる際に「テレビを見るときは部屋を明るくして離れてみてね」とテロップが出るのは地方局のご愛嬌(笑
その代わり、提供バックに社名が表示されないので、提供バックが壁紙仕様で見られるぜ!
原作読んでから改めて放送第1回分を見直すと、気になるところが出てくるなぁ~
原作の1話分が8ページと短いので、1回3話構成にしても、1話に原作2話分を費やさないともたないので、傾向の似た原作話を繋げているのだけれど…
2話で、イカ娘の行動に興味津々のたける登場回と、イカの帽子を被っただけの人間を同胞扱いするアホっぷりを示すイカ娘回を、一緒にしているおかげで、前半のまったくの無邪気っぽかったたけるが、後半ちょっと思慮深い感じになっていて、キャラが幾分か乖離している気がする。
最大の違和感は、3話目で千鶴登場回であるイカスミスパゲッティの話を持ってきているせいで、2話目で千鶴から指図されてイカ娘が働いているのに、やたら時間を置いてから「あれは誰でゲソ?」とイカ娘が尋ねているところで、初見の時でも「本当は原作で2話目ぐらいにやってた話なんだろうな」と勘付いてしまったぐらいだったし。
それでも、この第1回は、原作を実に丁寧かつ的確にアニメ化してるなー、と感心してしまう出来。
原作ではどうも野暮ったかったお話をうまいこと改変しているし。
イカ娘というキャラクターを説明するのに原作では野暮ったい段取りになっていたところを、侵略者が一介の市民にこき使われるというこの作品のキモの部分を第1話の途中にも挿し込むことで、全体の流れを殺すことなく「第1話でこの番組の全体を把握してもらおう」という正しい第1話のあり方になっていて、横手美智子のこういう仕事には卒がないなぁ~、と。
3話のイカスミの話も、原作ではイカスミ出すのが善意の協力になっていたところだけど、アニメではイカ娘が千鶴にケンカ売って撃沈する話と連結させているので、いつも高慢に振舞っているイカ娘がイカスミスパゲッティに協力するのも不自然ではなくなっているし。
地球人口が“億”いることにショックを受けるイカ娘の箇所では、原作ではページ数の関係もあって、人口を説明するフキダシと驚くイカ娘を同じコマ(しかもその話の中でも有数の大コマ)に収めてしまっていて、若干駆け足で演出が不自然だったところも、アニメでは人口の説明を栄子のカットで行い、直後に驚くイカ娘のカットに繋ぐことで、自然な正しい演出に改変していて、コンテもうまいこと割り振りをしている。
触手作画がよく動く動く。イカ娘の表情も百面相というぐらいによく変わり、蚊退治に悪戦苦闘するイカ娘の姿や千鶴のアクションシーンと、作画面に関しても申し分なし。
空ビンをケースに戻すのにイカ娘が触手を使っているカットや、切られた触手が再生している描写は、最終回でリフレインされることになり、この作品自体が第1話と最終話が対になるようになっていて、シリーズ構成もポイント押さえているし。
EDは、伊藤かな恵が歌う穏やかな曲調の「メタメリズム」に乗せて、夜の海を見つめるイカ娘を後ろからロングで捉えた一枚絵レイアウト(波だけがアニメーションする)を延々と映し出す、というもの。
アッパー系の曲調と動きまくる作画のオープニングとの対比で、勢いを抑えた曲調と省力作画のエンディングが各話の終わりを印象付けるという番組の構成が、古き良き「まんが映画」の伝統を踏襲している気がして、なかなか良いと思える。
2話以降、アニメーションが各話で微妙に変化したり追加作画があったりするのだが、基本系とも思える1話のEDでも差分が発生。歌い出しの箇所で、夜空に流れ星が流れていくのは1話のEDだけ。イカ娘が死んだと勘違いしたイカ帽子の魂が星に?(笑)
#1A「侵略しなイカ?」
原作1巻第1話「侵略しなイカ?」
脚本:横手美智子 絵コンテ・演出:水島努 作画監督:石川雅一
#1B「同胞じゃなイカ?」
原作1巻第3話「逃げなイカ?」&原作1巻第17話「同胞じゃなイカ?」
脚本:横手美智子 絵コンテ・演出:水島努 作画監督:石川雅一
#1C「最強じゃなイカ?」
原作1巻第2話「吐かなイカ?」&原作1巻第5話「好機(チャンス)じゃなイカ?」
脚本:横手美智子 絵コンテ・演出:水島努 作画監督:石川雅一
こんな『みつどもえ』に誰がした!?
…というわけで、『みつどもえ』の第2期放送開始だが、1話まるまる劇中劇…というか、劇中特撮劇の『ガチレンジャー』を本編そっちのけでやってしまった異色回。
ただでさえ、「週刊少年チャンピオンのアニメ化の“明”が『イカ娘』で“暗”が『みつどもえ』」と言われているのに、実験的な第一話で新規視聴者を取り逃してどーする!
ただし、かつての戦隊モノをツッコミつつも楽しく見ていたオトコノコたちにとっては、細かいところに手が届く演出が多くて、ニヤニヤしながら見れたなー
お話自体はこの手のお約束を踏襲しつつ、ギャグで茶化してた部分もあったけど…
・建物の写真に爆発エフェクトを合成しただけの爆発シーン、
・カメラの手前に炎を置いて役者を奥に配置して爆破された建物のモノを映さずを誤魔化すカメラアングル、
・車と役者が一緒に映っているカットで車が爆発されるところをノーカットっぽく見せようとしたら爆発の瞬間車が消えて役者の位置が微妙に変わっている編集、
・女性レンジャーが大型バスを運転しているはずなのにバスの外観を遠景で撮ったカットでは女性レンジャーの衣装を来たおっさんが運転しているスタントシーン部分、
・たった3カットの間しかないのに合体シーン・着地シーン・殺陣シーンでプロポーションや動き方がまったく変わっちゃう戦隊ロボ、
などなど、演出部分は昔の戦隊モノの再現に生真面目に労力が費やしていて、感心するやら何やら…
怪人を生み出す工程に割と時間割いていたけど、そーいえば子どもの時分は、ヒーローの活躍の次点ぐらいに、毎回出てくる悪役側のお約束シーンも楽しみに見ていたんだよなー、と懐かしい気分に。
この手のヒーロー番組って、割と悪役側の描写も重要よね。
録画してあったのと合わせて視聴。
『アマルフィ』も『容疑者Xの献身』も、監督は同じ西谷弘で、音楽・撮影・編集などの主要メンバーも被ってるんだけど、仕上がりの印象はだいぶ違う。扱う題材とジャンルが違うんだから、当然といえば当然ですけんど…
…こう、迷作と佳作という印象の違いが(笑)
『アマルフィ 女神の報酬』
原作は『ホワイトアウト』、『ドラえもん のび太の新魔界大冒険-7人の魔法使い-』(脚本)の真保裕一。
一応脚本も本人のはずなんだけど、現場で相当勝手な改変があって、スタッフロールに脚本家不在となったという、いわく付きの作品。
そして作品の立ち上げ自体も、主演の織田裕二が『踊る大捜査線 THE MOVIE3』のオファーがあった際「『踊る3』に出てもいいけど、他にも主演作品が一本欲しい」と言ったことが事の発端だという「それってどないやん」と言いたくなる噂がある、いわく付きのもの。
そのせいか、シナリオの至る所に変な部分が噴き出していて、ボーッと見ていても気になるほど。
それが顕著なのが、この映画のタイトルがイタリアの観光の名所である『アマルフィ』を冠していて、話の中盤で主人公たちが誘拐事件の犯人の手がかりを掴むためアマルフィに向かうという流れがあるのに、アマルフィでは話の大筋に関わるようなことは何も起こらず、20分ぐらいしか描写されずにすぐに舞台がローマに移って、アマルフィまで行った意味がほとんどないというところ(汗)
イタリアに降り立ち車でローマに入っていく主人公の様子を映している途中で唐突に暗転ショットに切り替えてメインタイトルを映したり、犯人たちが最終目標まであと一歩という段階で衣装替えをする際に着替え最中なんだか着替え終わったんだか微妙なタイミングでスローモーションになってサラ・ブライトマンの歌が始まったり、演出や編集でも首を傾げたくなるところが多々…
『容疑者Xの献身』
原作は『秘密』『手紙』『名探偵の掟』の東野圭吾で、タイトルには一文字も入ってないけど『ガリレオ』シリーズの映画化。
『ガリレオ』は結構人気あったと思うんだけど、そのタイトルネームバリューを直接使わずに、まったく別タイトルで映画を立ち上げているのは珍しいなぁ
TVシリーズは、オカルトめいた事件の裏に科学を用いた奇想天外なトリックがあることを天才・湯川学が解き明かしていくところに面白みがあったのだけど、この映画は、科学的なトリックは無し、湯川が華麗に謎を解いていくこともない、TVシリーズのコンセプトをほとんど使用しない異色の構成。
殺人を犯してしまったとある母子と、その隠蔽に協力する天才数学者・石神の行動を追っていく、推理モノならば倒叙型に分類されるものだろうが、計算づくですべての先を行ってしまう石神の目論見が果たして“成功”するのか、という立ち位置にすらなっているので、ここもかなり異質だとは思う。
途中で、タイトルにある“献身”とは言いがたい暴走を見せる石神を見て「結局そういう方向に堕ちていくのね」という思いに駆られてラストを想像したし、話の流れを追ってよくよく考えてみると大掛かりなトリックがありそうにもないので、このまま人物相関のドラマでラストまで押していくのかな、と思いきや、終盤にその予想を裏切られることになって、そこら辺が「おおっ!」と。(書きかけ)
夏の終わりを惜しむ歌詞のOPが今話でようやく変更。前のOPの使用期間が長すぎて、どこまで夏への未練引き摺っとんねん、という状態になっていたからなー(汗)
新OPのアニメーションだけれど、サビの部分で、歌手のダンス光景をアニメでリアルに再現するという、妙な試みが…
歌手本人の映像が映し出されるOPといえば、『コナン』ではB'zの「ギリギリChop」の時しかなかったけど、あれは天下のB'zがアニメのOPを担当するというイベント性もあっての特別待遇だったし、今回はわざわざ労力かけてアニメに描き起こしてる力の入れ様なので、新人歌手のプロモーションに利用する気を全然隠してない構成が、なんだかなー
本編は、30分完結のオリジナルだから仕方ない部分もあろうけど、ものすごく薄い脚本…
・金持ちのお嬢様には媚びへつらって、裏では他人に対して横柄という、登場した瞬間に殺される(殺されかける)のが丸分かりな被害者
・「あの女に乗り換えるんじゃないでしょうね!? 許さないんだから!」「お金返してください、あれがないと…」とすごーく分かりやすく被害者に殺意を持っていることを一通りだけ描写される容疑者たち
・そういう光景を特に意味もなく覗き見するコナン
・そうまでして怪しい雰囲気を描写したのに、犯人は一番殺意の描写が薄い普通の人
…という、なんというテンプレート通りの、面白みの薄いお話だろう。
しかも、特にコナンの行動なんか、「最初にコレ見せとかないと」というお話のご都合に合わせて、少し不自然な流れでもあった。
ただ、いろいろと推理を巡らせた結果、園子が最有力容疑者になって、「お話の続きは、署の方で伺いますので」と連行までされかけたのはちょっと面白かった。
レギュラー陣が容疑者になる、という話はこの手の作品には結構あるが、そういう場合は「容疑者・毛利小五郎」みたいに話の最初に示されて大上段に掲げられるので、毎回3人程度登場する容疑者の中の一人みたいに描写されて、とりあえずその場に居る人全員を犯人に仕立て上げる山村警部のへっぽこ推理の末、園子しか容疑者がいなくなっちゃうというような流れは新鮮だったかも。
まぁ、よくよく考えると、金持ちのお嬢さんでワガママで年不相応に男好きの園子って、典型的な殺され役もしくは犯人候補の属性持ちだからなぁ(笑)
脚本:古沢良太 監督:和泉聖治正月から気分が滅入るわッ!
というか、これは実験なのですか、古沢サン…?
劇場版Ⅱプロモートとの兼ね合いか、役者の都合でもあったのか、犯人側の回想メインで話が進んでいく異色作。
犯人側に同情させる重っ苦しい回想シーンの積み重ねで、普通の主婦を、どれだけ難攻不落の強敵として演出できるか、という実験だったと見ることもできるかもしれん。
スケープゴートにされた人物の家族の処遇を巡って、決定的に対立する右京と神戸…
やはり右京に対する神戸の立ち位置は、べったりになってしまった亀ちゃんと違えて、こういうところで留めておきたいという意思が働いているのだろうか…?
これはこれで面白いとは思うけど……もっと軽い感じでやってくれれば(笑)
悪女が犯人であるという証拠を掴むために、特命コンビが一か八かの賭けに出る、というのは、「Season2-2.特命係復活」を思い起こさせるものだったなァー
結局「S2-2」とは違い、いろいろなものが“解決できなかった”というのがテーマだった話になったが。
…だから、正月から気が滅入るんだって!
完全犯罪達成寸前まで行った強敵が、用意周到すぎる狂気じみた主婦だったというトンデモ設定は、ここまで重く理由付けてくれなければ、なかなかに面白かったのになァー
同じく古沢脚本の「Season5 正月SP:バベルの塔」は、重い部分や狂気じみた部分があったけれど、ハラハラドキドキの展開で、ラストはキレイにまとめてたから、今年も期待してたのだが…
ちなみに、途中で犯人が見ていたアクションドラマのテーマソングが、懐かしの『相棒season1』のOPでしたねー







